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	<title>memoranda</title>
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	<description>日々の思索と写真のブログ。F3とGRとPen Sと.....</description>
	<pubDate>Wed, 17 Mar 2010 00:05:51 +0000</pubDate>
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		<title>子龍。</title>
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		<pubDate>Tue, 16 Mar 2010 14:04:34 +0000</pubDate>
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		<category><![CDATA[家族]]></category>

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		<description><![CDATA[				
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			<content:encoded><![CDATA[				<p><img src="http://memoranda.egoism.jp/wordpress/wp-content/uploads/2010/03/2009tmnur095.jpg" alt="2009TMNUR095.jpg" /></p>
				<p>いいかげん、そろそろなんとかしなければ&#8230;..とは思ってはいるのですが、相変わらず、親子三人が六畳一間に川の字で寝ています。とは言え、築30年以上の「文化住宅」に部屋の余裕など有りません。もとより我が家はモノが少ない方だと思うのですが、それでも子どものために一部屋を確保しようと思えば、ゴッソリとモノを捨てるしか無いのです。</p>
				<p><a id="more-3486"></a>
				<p>ただ、こんなふうに書いておきながらも、私はどこかで暢気でした。たしかに参観日に学校に行ってみれば、背丈は他人様のお子さんよりも高いようです。しかしウチに帰ってしまえば、やはり彼は「子ども」なのです。</p>
				<p>弟や妹でもいれば、その違いが際立つのでしょうが、あいにく彼はひとりっ子。他に比べようも無いものですから、どうしても、赤ん坊の頃のイメージを、どこかで重ねてしまうのです。一人っ子って、こうして甘やかしてしまうのかも知れませんね。反省。</p>
				<p>さて、そんなある夜のこと。寝る前に、彼は学校から借りてきた学研の図鑑、『爬虫類・両生類』を無心に読んでいました。本人の干支が「蛇」なので、気になったから借りてきた、と言います。ワニ、カメ、トカゲ、ミミズトカゲ、ヘビ、ムカシトカゲ（以上、爬虫類）、カエル、サンショウウウオ、アシナシイモリ（以上、両生類）に「なかまわけ」してあります。</p>
				<p>さすがにワニやイグアナやコモドドラゴンは迫力があります。その一方で、カメやヤモリやカエルやヘビを見ていると、私も子どもの頃、見つけて遊んでいたなぁ&#8230;..とか、この子はこんな動物と触れ合う機会があるのかなぁ&#8230;..などと、妙に心配になってしまいました。僻遠の地でありながらも「県庁所在地」に暮らしているということは、意外と「街の子の暮らし」を暮らしてしまうことを意味するのです。</p>
				<p>さて、彼が床に入ったあと、そんな具合に私の方が図鑑にすっかりハマっていました。気がつくと、夜中の12時前。隣室の彼の寝返りに「また布団をはいだな。」と判りました。いままでにも記事にしたことがありましたが、うちの子、生まれながらにたいそう寝相が悪いのです。</p>
				<p>直してやろうと襖を開けました。いつもどおり、二組敷いた布団をまたぐように、我が物顔で横たわる息子の姿&#8230;..それは到底、赤ん坊のサイズではありません。間違いなく「<span style="text-decoration: underline;">コドモ</span>ドラゴン」だったのでした。</p>
				<p>あ、ちなみに「趙雲子龍」とはなんの関係も無い記事でした。すみません（謝）。</p>
				<p><img src="http://memoranda.egoism.jp/wordpress/wp-content/uploads/2010/03/2009tmnur083.jpg" alt="2009TMNUR083.jpg" /></p>
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		<title>最早。</title>
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		<pubDate>Mon, 15 Mar 2010 14:16:32 +0000</pubDate>
		<dc:creator>mb</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[写真機]]></category>

		<category><![CDATA[F3]]></category>

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		<description><![CDATA[				
				今月８日の「罠」という記事に書いたとおり、丸１日、EOS5D MKIIを使った感触が残っています。「機械」として、&#8221;銀塩カメラ&#8221;と何ら遜色の無いことに、遅まきながら気が付いたので [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[				<p><img src="http://memoranda.egoism.jp/wordpress/wp-content/uploads/2010/03/2009tmnur084.jpg" alt="2009TMNUR084.jpg" /></p>
				<p>今月８日の「罠」という記事に書いたとおり、丸１日、EOS5D MKIIを使った感触が残っています。「機械」として、&#8221;銀塩カメラ&#8221;と何ら遜色の無いことに、遅まきながら気が付いたのです。しかも、どれだけシャッターを切っても、そこにかかるコストを考えずに済むのです。フィルム&#8230;..特にカラーネガの場足、こうは行きません。36枚撮り１本を同時プリントに出しただけで、今や2,000円近くもするのです。</p>
				<p><a id="more-3483"></a>
				<p>最早（もはや）これまでか&#8230;..と観念のホゾを噛もうかとも思いました。フル充電のバッテリーが、１日使っても４分の１程度にしか減らなかったことも、さらに私に追い打ちをかけてきました。とにかく、衝撃的でした。デジカメに対する「食わず嫌い」の理由のひとつが、このバッテリー問題だったからです。</p>
				<p>さて、どうする&#8230;..？ と自問してみました。私の手に合わぬ大柄で無骨な筐体だと思っていたデジ一眼が、急に据わり良く、すっぽりと掌に納まるような気がしました。シャッターを切った時の感触や、機械としての作り込みでは、間違いなくNikonのデジ一眼に軍配を挙げるのですが、そのデザイン性では完全にCanonに軍配を挙げてしまいます。</p>
				<p>先週、仕事帰りにいつものカメラ店に立ち寄って、デモ機を冷やかしていました。無論、冷やかされたのは私です。幸いだったのは、いつもの店長が不在だったことでしょうか。２月から３月にかけてのこの時期は、天候も不順でイベントも少ないため、いわゆる「農閑期」に当たるらしく、長期の休暇をとって旅に出ているとのでした。</p>
				<p>さて、幾分悶々として迎えた週末、昨日は久しぶりの快晴に恵まれました。珍しく、カラーで撮りたいなぁ&#8230;..と思いました。防湿庫には、KodakのGOLD400が２〜３本、転がっていたはずでした。しかし、（同時プリントで）１本あたり2,000円かぁ&#8230;..と思うと、おいそれと手が出せるものではありません。</p>
				<p>ただ、ハッキリしたことがひとつ&#8230;..。ここのところ、部屋の片付けを進めているのですが、かつて使ったことのあるフロッピーディスクやMO、CD-ROM、ポータブルのHDDなどがポロポロと出てきました。ラベルを貼ってあればまだしも、そうでないものには、いったい何のデータが入っているのか、まるで見当がつかないのです。</p>
				<p>衝動的に、まとめて「燃やせないゴミ」に入れようと思いました。しかし「待て待て」と思いました。捨ててしまえば、すべて消えてしまいます。カミさんのデジカメで写した家族写真かも知れないのです。あるいは知人が焼いてくれた写真データかも知れないのです。でも、後生大事に抱えたまま、定期的な複製を作らずにこのままの状態で箱詰めしていると、いつしかメディアそのものの経年変化で、あるいは読み出す機械の劣化によって、再生不能になることでしょう。事実、私が初めて自分で購ったPC9821 Ne2は、いまや起動すらしないのでした。</p>
				<p>&#8230;..と行くつかのシミュレーションを繰り返し、やはりF3に勝るもの無し、と結論したのでした（笑）。とは言え、最早同時プリントは不可能です。カラーネガの場合も、現像のみで行こうかと。願わくば、いまのフィルムスキャナがずぅ〜っと使い続けられますように&#8230;..。</p>
				<p><img src="http://memoranda.egoism.jp/wordpress/wp-content/uploads/2010/03/2009tmnur082.jpg" alt="2009TMNUR082.jpg" /></p>
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		<item>
		<title>基軸。</title>
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		<pubDate>Fri, 12 Mar 2010 10:31:47 +0000</pubDate>
		<dc:creator>mb</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[自動車]]></category>

		<category><![CDATA[F1]]></category>

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		<description><![CDATA[				
				1994年、イモラでの悲劇の後、フジテレビが深夜に放映した特別番組の中で、司会を務める古舘伊知郎さんが、視聴者から届いたメッセージを読み上げていました。細かくは忘れましたが、「いままで自分はSennaの [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[				<p><img src="http://memoranda.egoism.jp/wordpress/wp-content/uploads/2010/03/2009tmnur088.jpg" alt="2009TMNUR088.jpg" /></p>
				<p>1994年、イモラでの悲劇の後、フジテレビが深夜に放映した特別番組の中で、司会を務める古舘伊知郎さんが、視聴者から届いたメッセージを読み上げていました。細かくは忘れましたが、「いままで自分はSennaのことが嫌いだった。しかしSennaを中心にF1を観ていたことは事実だった。Sennaを失ったいま、自分は何を「軸」にしてF1を観れば良いか解らない&#8230;..」といった主旨だったかと思います。</p>
				<p><a id="more-3479"></a></p>
				<p>私の場合、「ずっとSennaしか観ていなかった」と言っても良いくらいでしたから、いわゆる&#8221;Anti Senna&#8221;の気持ちはまるで解らなかったのですが、このメッセージにはとても胸打たれたことを憶えています。</p>
				<p>さて、いよいよ今日から2010年のシーズンが開幕しました。なんと言っても今シーズンのニュースはM.Schumacherのカムバックです。Senna亡き後のF1は、良くも悪くもSchumacherを軸に展開しつづけました。たしかにFerrari移籍直後、走行中に部品が飛ぶなど、悲惨な状況を嘗めたSchumacherでしたが、その後、Jean TodtやRoss BrawnとともにFerrariの黄金時代を築きました。</p>
				<p>アンフェアとしか思えない勝ち方に、腹立たしく思ったことも一度や二度ではありません。ある意味、私は完全に&#8221;Anti Schumacher&#8221;でした。ところがSchumacherがSennaの勝利数を超え、その日のインタビューで号泣した姿を観て以来、私の中で何かが変わったのでした。</p>
				<p>そうした私の心の変遷は、次の過去記事の中に&#8230;..。</p>
				<p>●<a href="http://memoranda.egoism.jp/blog/2005/10/%E3%82%A8%E3%82%B4%E3%81%A8%E7%8C%AE%E8%BA%AB%E3%80%82.html" target="_blank">エゴと献身</a> (2005.10.8)<br />
				●<a href="http://memoranda.egoism.jp/blog/2006/04/egoism-%E2%89%92-respect.html" target="_blank">egoism ≒ respect.</a> (2006.4.24)<br />
				●<a href="http://memoranda.egoism.jp/blog/2006/05/%E6%95%85%E6%84%8F%E3%81%AE%E5%A6%A8%E5%AE%B3%E3%80%82.html" target="_blank">故意の妨害</a> (2006.5.29)<br />
				●<a href="http://memoranda.egoism.jp/blog/2006/09/%E5%BC%95%E9%80%80%E3%80%82.html" target="_blank">引退</a> (2006.9.11)</p>
				<p>さて、そのSchumacherが帰って来ます。正直に言うと、昨シーズンは私にとって本当に退屈なシーズンでした。理由は判りません。際どい競り合いが展開した（らしい）シーズンであったにもかかわらず、録画したまま未見のGPもありますし、TV観戦中に居眠りしたことも、またそもそも放映日を忘れて見逃したことこと（しかも、あんまり悔しくなかった）さえありました。</p>
				<p>Ross Brawnとともに、あのクレバーなレース展開を、再び見せてくれるのでしょうか？ AlonsoやHamiltonやVettelとの対決も楽しみです。コンバインのようなフロントウィングを擁する今のマシンの外観は決して好きになれませんし、いまのF1の体たらくにも疑問符ばかりが付く（特にヒスパニアは本当に走って大丈夫なのか？とか、なんでBruno Sennaがヒスパニアなのか？とか）のですが、Schumacherという「基軸」の復活を、どこかで私は喜んでいるのでした（嬉）。</p>
				<p><img src="http://memoranda.egoism.jp/wordpress/wp-content/uploads/2010/03/2009tmnur081.jpg" alt="2009TMNUR081.jpg" /></p>
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		<title>筆箱と鉛筆。</title>
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		<pubDate>Thu, 11 Mar 2010 14:56:19 +0000</pubDate>
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		<category><![CDATA[文具]]></category>

		<category><![CDATA[万年筆]]></category>

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		<description><![CDATA[				
				万年筆を常用しはじめたのは、2004年頃のことです。以来、気がついたら万年筆しか使っていませんでした。もちろん、配られた資料がにじみやすい紙質の場合、困ることもありますが、そもそも万年筆以外の筆記具を携 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[				<p><img src="http://memoranda.egoism.jp/wordpress/wp-content/uploads/2010/03/2009tmnur085.jpg" alt="2009TMNUR085.jpg" /></p>
				<p>万年筆を常用しはじめたのは、2004年頃のことです。以来、気がついたら万年筆しか使っていませんでした。もちろん、配られた資料がにじみやすい紙質の場合、困ることもありますが、そもそも万年筆以外の筆記具を携帯していないので、どうしようも無いのです。にじむに任せて書く、あるいは別のノートにメモを取る、諦めてメモを取らない&#8230;..方法はいくつかあります。</p>
				<p><a id="more-3476"></a>
				<p>背広の内ポケットに、常時２本を差しています。ひとつはSailorのProfessional Gear。もう１本は、父のお古のMeisterstück 146のFです（クリップが撫で肩）。どちらも私の体の一部です。ずいぶんラフに使っているので（なにしろ、ペンケースにさえ入れていない!!）、いつ壊しても不思議ではありません。壊れると、きっと困ると思います。でも、カメラにせよ万年筆にせよ、使い慣れた道具って、やっぱりラフに扱ってしまうものですよね。</p>
				<p>そうして振り返ってみたとき、「筆箱」と「鉛筆」って、久しく使っていないなぁ&#8230;..と気がつきました。大学に入った途端、メインの筆記具はボールペンになってしまいました。それゆえ、筆箱と鉛筆って、もう何年も常用していません。たまに鉛筆を持つこともありますが、その細さにとても異和感を覚えてしまいます。そうして、中指にできた「ペンだこ」の痛みを思い出すのでした。</p>
				<p>いっぽう筆箱は&#8230;..これこそ、もう20年以上も、新しい筆箱を買ったことがありません。私の最後の筆箱は、いまでも机の引き出しに入っているのですが、不二家のペコちゃんの描かれた、細身のカンペン・ケースです。このカンペン、中学時代の担任が使っていたものを、私を含めた複数の友達で真似をして購ったものなのです。</p>
				<p>このカンペン、もともと「カンペン」だったのではありません。中に棒状のミルクキャラメルが２〜３本入っていた「お菓子」なのです。その「ケース」を筆箱に転用していることが、当時中学生だった私たちにとって、とても「おしゃれ」に思えたのでした。当世風に言えば「ダサカッコいい」ってなところでしょうか。</p>
				<p>いまや赤地の塗装もずいぶんと剥げ落ちてしまい、ブリキにも錆が浮いています。それでも捨てられず、未だに机の引き出しに入れているところを見ると、やはりたくさんの思い出がそこに詰まっているからでしょう。</p>
				<p>久しぶりに、新しい鉛筆を揃えて、入れてみてあげたくなりました。金属製のキャップも付けて、６〜７本、入れてみようかと思っています。とりあえず、2Bかな。ちなみに鉛筆削りは小刀です。妙に、落ち着くんだよなぁ&#8230;&#8230;。</p>
				<p><img src="http://memoranda.egoism.jp/wordpress/wp-content/uploads/2010/03/2009tmnur079.jpg" alt="2009TMNUR079.jpg" /></p>
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		<title>吃驚すな。</title>
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		<pubDate>Tue, 09 Mar 2010 10:05:24 +0000</pubDate>
		<dc:creator>mb</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[家族]]></category>

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		<description><![CDATA[				
				先週のお雛祭りの日、子どもの学校で授業参観がありました。３月を過ぎて、いよいよ小学２年生もおしまいです。この先、彼もますます大きくなって、いろんな物事が判るようになるでしょう。そうすると、親の私が無邪気 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[				<p><img src="http://memoranda.egoism.jp/wordpress/wp-content/uploads/2010/03/2009tmnur080.jpg" alt="2009TMNUR080.jpg" /></p>
				<p>先週のお雛祭りの日、子どもの学校で授業参観がありました。３月を過ぎて、いよいよ小学２年生もおしまいです。この先、彼もますます大きくなって、いろんな物事が判るようになるでしょう。そうすると、親の私が無邪気に足を運べるのも今回が最後かなぁ&#8230;..などと思いつつ、時間休暇をもらって覗きに行ったのでした。 スリッパを忘れて行ったのはご愛敬。今日のように寒い日でなくて助かりました。</p>
				<p><a id="more-3473"></a>
				<p>その日の授業公開は、国語とか算数とかの「授業」ではなく、この１年間の取り組みの成果を発表する「お楽しみ会」のような趣でした。教室の後ろ半分が保護者席、前半分がステージのようにしつらえてありました。</p>
				<p>最初にみんなでピアニカを合奏。２曲ほど披露してくれました。そして「２年生」と言えば「かけ算」です。８〜９人のひとグループが横一列になって、一の段から九の段まで、ひとつずつ順々に諳んじて行きます。途中で一瞬止まったりする子がいると、思わずこちらも緊張し、心の中で「頑張れ。」と囁いたりしてしまいます。</p>
				<p>つづいて今度は、NHK教育の「にほんごであそぼ!!」のような輪読（と言うのでしょうか、それとも輪唱？）を見せてくれました。同じく８〜９人が横一列になって、なにやら古めかしい言い回しを大声で喋るのです。一人が「オッとガッテン!!」と言えば、それに続けて全員が「しょうちのすけ!!」と答えたり、「その手は桑名の!!」と誰かが言えば、「焼きハマグリ!!!」と応じたり、なんとも賑やかなのでした。</p>
				<p>そして今度は縄跳びです。３〜４人が横一列になって、めいめいが得意な跳び方を披露します。片足ケンケンで跳ぶ子、前・後ろの二重跳びを披露する子、ハヤブサやツバメ返し、それを後ろ向きに跳んで見せる子もいました。意外なことに、男の子よりも女の子の方が上手なうえ、複雑な跳び方を披露していました。いまどきの日本の男子は、既に小学２年生の時点で、草食系に甘んじているのでしょうか？</p>
				<p>さて、ひととおり運動をし終えた後、いよいよ各自がいちばん時間を割いて練習したという「スピーチ」の発表でした。ひとり30秒ほどを目途に話すのです。親から聞かされた赤ん坊の頃の自分の様子を披露し、それに続けて「４月からはこんな３年生になりたい」と抱負を述べ、最後は保護者への感謝の言葉で締めくくる、といった趣向でした。しかし、私はここでとっても異和感が&#8230;..。たとえば、</p>
				<p>「私は赤ちゃんの頃、とても小さく産まれたんだよって教えてもらって<span style="text-decoration: underline;">ビックリしました</span>」とか「僕が赤ちゃんの頃、東京に住んでいたんだって聞いて<span style="text-decoration: underline;">ビックリしました</span>」とか「私が赤ちゃんの頃、お兄ちゃんが私を可愛がってくれていたことを知って<span style="text-decoration: underline;">驚きました</span>。なぜかというと、今はお兄ちゃんとよくケンカをするからです」&#8230;&#8230;。</p>
				<p>むぅ〜&#8230;&#8230;。いちいちビックリすな。</p>
				<p>最初の３、４人までは我慢できましたが、５人を超えたあたりからがいけません。「ビックリした」が飛び出すたび、固く結んだ口の端をくすぐられたような心持ちになり、笑いを堪えるのに苦労しました。WBC優勝決定戦におけるイチローではありませんが、笑いを噛み殺すために、脳の中で実況をはじめたくらいです。「さぁ〜次の選手はどこでビックリするのでしょうか？ おぉっと、「他の赤ちゃんよりも早くおむつが取れたことにビックリしてマス!!」とか。</p>
				<p>まるで判で押したように皆が「ビックリ」するので、うちの子も漏らさずビックリしてました。そして私とカミさんが２人並んでいるにも関わらず、「お母さん、いつも優しく世話をしてくれてありがとう。これで終わります。」とあっさり終わってしまいやがったのでした。</p>
				<p>数えたわけではありませんが、そうして我が子に黙殺された父親は数知れず&#8230;..。こっちがビックリしました。</p>
				<p><img src="http://memoranda.egoism.jp/wordpress/wp-content/uploads/2010/03/2009tmnur076.jpg" alt="2009TMNUR076.jpg" /></p>
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		</item>
		<item>
		<title>罠。</title>
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		<pubDate>Mon, 08 Mar 2010 14:06:35 +0000</pubDate>
		<dc:creator>mb</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[写真機]]></category>

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		<description><![CDATA[				
				先々週末、職場が主催するイベントで、写真係を担当しました。昨年度まではもっぱら企画運営の担当でしたので、全く余裕のカケラもなく動き回っていたのですが、今年はありがたくも同僚が引き継いでくれたのでした。私 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[				<p><img src="http://memoranda.egoism.jp/wordpress/wp-content/uploads/2010/03/2009tmnur078.jpg" alt="2009TMNUR078.jpg" /></p>
				<p>先々週末、職場が主催するイベントで、写真係を担当しました。昨年度まではもっぱら企画運営の担当でしたので、全く余裕のカケラもなく動き回っていたのですが、今年はありがたくも同僚が引き継いでくれたのでした。私の職場の中で、写真係というのは「いちばん忙しく仕事をしているように見えながら、実はとっても自由でお気楽な役回り」として有名です。</p>
				<p><a id="more-3468"></a>
				<p>しかも写真が好きな者にとっては、日頃シャッターを切れない憂さを晴らすのに絶好の機会なのです。まさに「猫に鰹節」のネコなのでした。にゃあ〜。</p>
				<p>おまけに、そんな私に貸与された機械とは&#8230;..あろうことか、CANON EOS 5D MarkIIだったのでした。すごいな、ウチの職場。新聞社じゃあるまいに。とは言え、レンズがEF Lでは無いところが、なんとも詰めの甘さを象徴していて、ウチの企業体質か？ などと可愛らしく思えてしまいます。</p>
				<p>さて、実はそのイベント前には説明書とともに渡されていたのですが、まるで体質にない操作に四苦八苦していました。全てオートだとあまりに融通が利かなさすぎるので、画質はJPEGでファインのL、絞り優先で6.3、AWBでAFの焦点は真ん中上のピンポイント＋連写の設定で動かしていました。</p>
				<p>で、丸一日、使ってみたわけですが&#8230;..。</p>
				<p>なんだか、ヤバいです。至って普通に使えてしまったうえに、気が付けば500枚以上も撮っていました。にもかかわらず、バッテリーはほとんど減っていません。後でパソコンで確認しても、まるで違和感なく見られてしまう&#8230;..。</p>
				<p>う〜む&#8230;..これは、罠なのか&#8230;..？ 気が付くと、CANONのHPを覗いていたり、ダカフェ日記のモリユジさんの「カメラ／アバウト」のページをウットリ眺めていたり&#8230;..。</p>
				<p><img src="http://memoranda.egoism.jp/wordpress/wp-content/uploads/2010/03/2009tmnur075.jpg" alt="2009TMNUR075.jpg" /></p>
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		<title>続 遺産相続。</title>
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		<pubDate>Sun, 07 Mar 2010 08:59:31 +0000</pubDate>
		<dc:creator>mb</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[写真機]]></category>

		<category><![CDATA[家族]]></category>

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		<description><![CDATA[				
				幸か不幸か、父の関心は「撮ること」よりも「メカニズム」にあります。得体の知れないロシア製や旧東独製のカメラを、どこからか仕入れてきては、朝日ソノラマのカメラレヴュー別冊、『クラシック専科』のシリーズを引 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[				<p><img src="http://memoranda.egoism.jp/wordpress/wp-content/uploads/2010/03/2009tmnur077.jpg" alt="2009TMNUR077.jpg" /></p>
				<p>幸か不幸か、父の関心は「撮ること」よりも「メカニズム」にあります。得体の知れないロシア製や旧東独製のカメラを、どこからか仕入れてきては、朝日ソノラマのカメラレヴュー別冊、『クラシック専科』のシリーズを引っ張り出し、首っ引きで眺めているのでした。ですから、少々カビが生えていようが、モルトが加水分解を起こしていようが、まるで気にせずに引き受けてしまうのでした。</p>
				<p><a id="more-3465"></a>
				<p>幸か不幸か、私の関心は「メカニズム」よりも「撮ること」にあります。したがって、使えない機械を山と積まれても、それはゴミにしか見えないのでした。早晩、私が引き継ぐことになるのでしょうが、その場合、どの機械にどのくらいの価値があり、また修理が可能かどうかを見極めるために、徹底した事業仕分けが必要になるかもしれません。頼みもしないのに、宿題だけが山積みされた心地です。</p>
				<p>それはともかく。</p>
				<p>ここ３年ほどの間にも、私が知っているだけで２回、ダンボール詰めの機械が父のもとに届けられていました。昨日の記事にも書いたように、こうしたことが起こるようになった初期の頃は、「送り主」とは即ち父の知り合い本人でした。いずれも、写真をやめた、カメラをやめた、デジタルに切り換える等々の理由でした。</p>
				<p>ところがここ最近の送り主は、本人では無くその奥様です。つまり、ご本人が鬼籍に入られたのち、その故人の遺志によって届けられたものばかりなのでした。「カメラ一式はmb父に譲渡せよ」と遺言してあったと言うのです。常日頃から父が懇意にしていらっしゃった方もいれば、さほど近しいわけでもなかったけれど、ことカメラの話になると、互いに話題に事欠かず、ともに愉快な時間を過ごした方もいたそうです。</p>
				<p>さすがの父も、単なる「譲渡」では無く、「遺品」として引き受けることが続いたときは、なんともやりきれず、妙な心持ちになったと言っています。単に「モノ」を引き受けたのではなく、そこに籠もった「念」までをも一緒くたに引き受けるわけです。申し出られれば、それがどのような機械であれ、いささかでも懇意にしてきた歴史のある相手からのモノですから、無碍にはできにくかろうと思います。</p>
				<p>加えて、父の胸中を察すれば&#8230;..いささか縁起でもない言い方ですが&#8230;..次は自分の番では無かろうかという恐怖心もあるのではないかと思えます。</p>
				<p>そんな父の胸の裡を和らげるために私にできることと言えば、父が望む機械を預かって、この土地に暮らす良心的で腕の良い修理職人さんに、その機械を託すことなのでした。既にそんな具合で５〜６台を修理した気がします。「遺産相続」というよりも「先行投資」なのかも知れません。ただ、そんな具合に引き継ぐのはイヤなものだなぁ&#8230;..と、いまから予防線を張り巡らせているのでした。</p>
				<p style="text-align: right;">（了）</p>
				<p><img src="http://memoranda.egoism.jp/wordpress/wp-content/uploads/2010/03/2009tmnur071.jpg" alt="2009TMNUR071.jpg" /></p>
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		<title>遺産相続。</title>
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		<pubDate>Sat, 06 Mar 2010 13:55:40 +0000</pubDate>
		<dc:creator>mb</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[写真機]]></category>

		<category><![CDATA[家族]]></category>

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		<description><![CDATA[				
				尋常ならざるカメラマニアであるところの我が父の周りには、いわゆる「同好の士」が、付かず離れずの適当な距離間隔で、常に集まっているようです。これは私と父とを比較したさいの決定的な違いです。外向的で人付き合 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[				<p><img src="http://memoranda.egoism.jp/wordpress/wp-content/uploads/2010/03/2009tmnur072.jpg" alt="2009TMNUR072.jpg" /></p>
				<p>尋常ならざるカメラマニアであるところの我が父の周りには、いわゆる「同好の士」が、付かず離れずの適当な距離間隔で、常に集まっているようです。これは私と父とを比較したさいの決定的な違いです。外向的で人付き合いの上手い父に比べ、私は何をするにも一度は躊躇して見せなければ気が済みません。そうして用心に用心を重ねた挙句、土壇場で踵を返すことが多いのです。</p>
				<p><a id="more-3460"></a>
				<p>ま、私のことはともかくも、そんな父のもとに、ここ最近、さらに中古カメラが集まりつつあるようです。ここ２〜３年の間、私が実家に電話を入れた折り、開口一番に「また来たで。」という父の言葉を聞いたのも、一度や二度ではありません。</p>
				<p>その最初は10年以上も前のこと&#8230;..つまり、私が写真を始めた頃のことです。当時、父は定年を目前に控えていました。その父のもとに、懇意にしていた同い年の同僚が、「もうやめたから、お前にやる。」と言いながら、ダンボール箱に詰め込んだカメラ一式を持ち込んで来たのだそうです。</p>
				<p>もちろん、「マニア垂涎」の高級な機材など何ひとつなく、父と同様に実用一辺倒の機械ばかりだったそうです。ただ、いちどにそれほど多くの機材を引き継ぐことは、当時の父にとっても初めての経験だったらしく、「自分のところになど持って来ず、中古で売れば良かろうに」とか「子どもさんに引き継いでもらったらどうか」とか、とりあえず、あれこれと進言してみたそうです。</p>
				<p>しかし、それでもその同僚は、「お前なら使ってくれるだろうから」という理由で置いて行ったのだそうです。もちろん、父だって嬉しかったに違いありません。そんなことを２〜３人も繰り返しているウチに、「あいつなら引き受けてくれる」という風評でも立ち始めたのでしょうか。なかには「デジタルに切り替えるから」という理由で持ち込まれたり、ほとんどゴミ同然の機械まで引き受けていたこともありました。</p>
				<p style="text-align: right;">（つづく）</p>
				<p><img src="http://memoranda.egoism.jp/wordpress/wp-content/uploads/2010/03/2009tmnur070.jpg" alt="2009TMNUR070.jpg" /></p>
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		<item>
		<title>親の敵。</title>
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		<pubDate>Thu, 04 Mar 2010 12:58:07 +0000</pubDate>
		<dc:creator>mb</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[家族]]></category>

		<category><![CDATA[万年筆]]></category>

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				常日頃から四角四面で折り目正しくあらんとする私にとって、「親の敵」と言っても良いものは、メールに書き込まれた「顔文字」です。後輩にせよ同輩にせよ先輩にせよ、仕事に絡みのメールに顔文字が使ってあったりする [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[				<p><img src="http://memoranda.egoism.jp/wordpress/wp-content/uploads/2010/03/2009tmnur074.jpg" alt="2009TMNUR074.jpg" /></p>
				<p>常日頃から四角四面で折り目正しくあらんとする私にとって、「親の敵」と言っても良いものは、メールに書き込まれた「顔文字」です。後輩にせよ同輩にせよ先輩にせよ、仕事に絡みのメールに顔文字が使ってあったりすると、もういけません。指の爪先でスリ硝子を引っかかれたような、ゾワゾワと背筋の凍る思いがします。 そんな私の意を察してか、カミさんも私に顔文字つきのメールを寄越したことはありません。</p>
				<p><a id="more-3456"></a>
				<p>それどころか彼女の場合、私の言葉数のわずか十分の一程度しか書いてきません。もちろん、言葉数に愛情が比例するはずもありませんが、私がしこたま言葉を尽くして書いたのに、「了解しました。」とたったひと言で返されるのは、どこかしらすきま風の吹きすさぶ「あばら屋」に留め置かれた心地になるものです。もうすこし、愛想のひとつも言えんのか？と。</p>
				<p>ま、そもそも私が書き過ぎるだけなのですが（苦笑）。なので140文字制限付のTwitterが、時に苦痛に思えることもあります。しかし、それもまた「訓練」だと思うようにしています。</p>
				<p>短文で的確に表現する訓練は必要です。しかし、携帯を持たない私は、日常のメールのやりとりの中で、短文を心がける訓練をしそびれています。その点では両親の方が、私よりもはるかに進んでいるようです。たまさか寄越してくる父母からのメールもまた、カミさんに負けず劣らず単簡なモノです。</p>
				<p>縦書きの便箋に万年筆でスラスラと２〜３枚&#8230;..新婚生活を案ずる祖父母からの手紙、その愛情に応える母からの返信。昭和10年代生まれの両親は、電話よりも「往復<span style="text-decoration: underline;">書簡</span>」を実践した、もしかすると最後の世代かも知れません。そんな両親が電子メールを使うこと自体、私にとっては驚きなのです。</p>
				<p>そんな母から今日、顔文字入りのメールが届きました&#8230;..。このブログを始めた当初、私は自分の書くものに（笑）と入れるだけでも、実は相当に勇気が要ったのです。その私の心根を知ってか知らずか、齢七十に迫らんとする母が、</p>
				<p>「&#8230;..楽しめるよう(~o~)」</p>
				<p>とか</p>
				<p>「&#8230;..足を引っ張らないように(*^_^*)」</p>
				<p>とか使いやがって&#8230;..。</p>
				<p>老い先短い（はずですが、意外にしぶといかもしれぬ）母ですが、いちおう、注意しておきました。「嘆かわしい。実に嘆かわしい。息子は泣いています(;ToT;)」と。</p>
				<p><img src="http://memoranda.egoism.jp/wordpress/wp-content/uploads/2010/03/2009tmnur067.jpg" alt="2009TMNUR067.jpg" /></p>
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		<item>
		<title>演歌な私。</title>
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		<pubDate>Wed, 03 Mar 2010 11:29:47 +0000</pubDate>
		<dc:creator>mb</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[音楽]]></category>

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		<description><![CDATA[				
				先月13日、NHK-FMで「旭川発 今日は一日『玉置浩二の歌』三昧」が放送されました。なんとお昼の12時15分から深夜1時まで、約13時間の生放送です。もちろん、全てを聴いたわけではありませんが、幸い仕 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[				<p><img src="http://memoranda.egoism.jp/wordpress/wp-content/uploads/2010/03/2009tmnur073.jpg" alt="2009TMNUR073.jpg" /></p>
				<p>先月13日、NHK-FMで「旭川発 今日は一日『玉置浩二の歌』三昧」が放送されました。なんとお昼の12時15分から深夜1時まで、約13時間の生放送です。もちろん、全てを聴いたわけではありませんが、幸い仕事の入らない休日だったので、比較的、耳を傾けられました。途中で玉置さんのお兄さんがサプライズ・ゲストとして登場するなど、なんとも羨ましい企画も。番組の模様を納めたHPは<span style="text-decoration: underline;"><a href="http://www.nhk.or.jp/asahikawa/zanmai/" target="_blank">こちら</a></span> です。</p>
				<p><a id="more-3451"></a>
				<p>放送はスタジオからではなく、なんと北海道旭川市の「三浦綾子記念文学館」からの中継でした。一般のお客さんも会場に招いての放送です。私自身、北海道はいちどしか行ったことがありません。憧れの土地です。そんな土地の、雪深い中にひっそりと佇む瀟洒な建物から、玉置さんの歌が全国に向けて放送されていたとは&#8230;..。会場に居合わせられた方が本当に羨ましいです（羨）。</p>
				<p>さて、そこまで企画しておきながら、なにゆえ本人は電話出演だったのかが謎ですが（笑）、それはさておき。今回、浴びるように玉置さんの曲を聴いていて、その才能の豊かさと、曲の肌合いの良さに、改めて心打たれました。と同時に、なんとも不思議な心地も抱くことになりました。</p>
				<p>その「不思議な心地」とは&#8230;&#8230;。私の世代は、当然のことながら、リアルタイムで安全地帯を聴いています（余談ですが、安全地帯の曲を聴いた若い同僚が「冬ソナに似てますね」とホザいたとき、私はもう少しで暴れるところでした）。メディア的な意味で<span style="text-decoration: underline;">作られた</span>玉置さんの「変容」にも伴走してきました。「元祖ビジュアル系」とも形容される濃いお化粧と皺の寄った眉間。その同じ扮装ままで、なんのためらいもなく「サザエさんの歌」を歌い上げた玉置さんも知っています。</p>
				<p>なにより私にとって痛快だったのは、脚本・金子成人、演出・久世光彦、主演・小林薫、共演・柳葉敏郎による名作ドラマ『キツい奴ら』（TBS）における、小山内完治役のコミカルな演技でした。『北野ファンクラブ』のエンディングで、ビートたけしさんの詩に曲を付け、２人で歌うはずだったのに、玉置さんの歌声にたけしさんが聞き惚れてしまった『嘲笑』も知っています（涙モン!!）。そして年齢を重ねた美しい白髪と、垂れ下がった目尻に、ついついこちらも釣られてしまう、その笑顔&#8230;..。そんなことを思い返しながら聴いていたわけです。</p>
				<p>しかし、その曲の多くは、既に過去のものでした。もちろん、玉置さんは現在もなお活躍中であり、なにより安全地帯も復活しました。しかし私が心揺さぶられて聴いた曲の多くは、「時間」という圧力によって、いつのまにか「懐メロ」の範疇に押し込まれていたのでした。否が応でも、その時代の息吹を感じてしまいます。「最新」と思っていた電子楽器の音色にさえ、「はやりすたり」があることを思い知らされました。</p>
				<p>そして、適切な言い方ではありませんが、玉置さんの歌に「演歌」を感じてしまいました。しかし今回知ったところでは、玉置さん自身、演歌は大好きなのだそうです。ジャンルを問わず、玉置さんの中には大衆音楽に関する膨大なデータベースがあり、どんな求めにも対応できるそうなのです。演歌歌手に曲を提供したことさえあったのです。</p>
				<p>改めて耳を傾けていると、玉置さんの曲に限らず、「フォーク」だとか「ニューミュージック」だとか形容してきたかつての音楽、その多くが、実はとっても演歌調に彩られていたことに気が付きました。吉田拓郎の『襟裳岬』は、森進一によって「演歌」になったのではなく、やはりもとから「演歌」だったと言うことなのです。</p>
				<p>ふと、思いました。気が付けば、私が子どもの頃から親しんでいた芸能人の方の多くが、いつの間にか年齢を重ねて老境に差し掛かっていたり、あるいは病に倒れていたり、また不幸にも鬼籍に入られたりしています。もしかすると、今のうちでなければ、誰もが年末に紅白を見ていたあの頃、既に大物だった演歌歌手の方を生で見ることなど、できなくなってしまうのでは無かろうか&#8230;..</p>
				<p>実はいま、真剣に考えているのです。北島三郎さんや五木ひろしさん、あるいは細川たかしさんなど、いわゆる大物演歌歌手のコンサートがこの土地にやってくることがあるのなら、いちど聴きに行ってみようかと&#8230;..否、ぜひとも足を運んでおくべきでは無かろうかと&#8230;..。</p>
				<p><img src="http://memoranda.egoism.jp/wordpress/wp-content/uploads/2010/03/2009tmnur069.jpg" alt="2009TMNUR069.jpg" /></p>
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