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理不尽(11)。

  • June 13th, 2011 (Mon) 19:11
  • 家族

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葬祭場の担当者と打ち合わせに入ったのは、午前9時を過ぎてからでした。前日にあらましは決めていたつもりでも、時間が迫るに連れ、細部を詰めなければならないことが様々に判ってきました。盛籠や生花に添える芳名にしても、一枚の板に夫婦の連名で出すのか、それとも戸主の名前だけで良いのか、ひとつひとつ意向を確認する必要があり、わずかばかりの家族葬とは言え、それなりに気を遣わざるを得ないのでした。

葬祭場から車で5分とかからないところに、海端のJRの駅があります。そこへ弟を迎えに行ったのは、打ち合わせが終わって午前10時を回った頃でした。彼は休暇をとり、13時からの納棺の儀に間に合うよう戻ってきたのでした。

彼は言葉少なに助手席に座り、私もかけるべき言葉が見当たらず、そのまま葬祭場に戻りました。祖母と対面した彼は、やはり涙をこぼしました。そうして「寝ているみたいだなぁ…..」と幾度も繰り返しました。私もそう思いました。亡くなってから丸一日が経つというのに、祖母は本当に生きている時と変わらぬ様子で眼を閉じているのでした。

気の進まない昼食を、少し早めに済ませた私たちは、納棺の儀に備えて服を着替えたり、親戚と打ち合わせの電話をしたりして過ごしていました。私は葬祭場からもらっていたパンフレットをぼんやりと眺めていて、今日の通夜、明日の葬儀、そしてその後の四十九日忌と納骨までの流れを、ひととおり頭に入れておこうとしていました。

私が気がかりだったのは、このあとの納棺の儀に「湯灌の儀」が含まれているのかどうか、と言うことでした。「それはもう、病院で済ませたことになっているのだろう」というのが父の意見でした。

23年前に祖父を送ったとき、そのような記憶はありませんでした。また12年前に母方の祖母を送ったとき、私たちが駆けつけたときには既に納棺を終えていたのですが、母からも叔父からも湯灌の儀を行ったとは聞いていませんでした。ですから今回の場合も、おおかた病院で済ませているのだろうと、誰もがそう思っていたのです。

しかし、パンフレットを仔細に読むと、どうでも納棺の前に湯灌の儀が控えているようでした。そして担当の方に訊ねてみると、「(当然、メニューに)入っています。」との答え。そう聞いて、口にこそ出さなかったものの、私たちは一様に困惑しました。

生きていたときと変わらぬ様子で穏やかに眠っている祖母を、この寒い時季に無理矢理叩き起こすような気がしました。旅立ちの前に身を清める儀式だから….と頭では判っていても、せっかく安らかに眠っているものを、このまま余計なことをせず、棺に納めてあげたいと思ったのでした。

しかし白状すれば、これは祖母のことを思ってのことではありませんでした。すくなくも私にとっては、目の前で祖母の亡骸が湯をかけられ、身体を洗われることの生々しさに、生理的に受け入れがたいものを感じていたのでした。

(つづく)

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