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理不尽(8)。

  • May 23rd, 2011 (Mon) 22:43
  • 家族

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祖母がホームに入ってから今日に至るまでの数年間は、私にとって最も仕事が面白く、職場の同僚にも恵まれた日々でした。そのため、祖母に会うのも盆暮に帰省した折り、それも非常に短時間、顔を見る程度でしかありませんでした。認知症が進む以前、つまり未だ頭脳がハッキリとしていた頃、祖母は別れ際に涙をこぼすことが多々ありました。そんな目に遭わせることが辛くて、ホームを訪ねる前後はいつも苦い思いがしていました。

認知症が進んでしまってからは、何事につけても機嫌が良く、私達の心理的な負担感もずいぶんと和らいでいました。しかしそれと引き換えに、祖母の記憶から真っ先に消えたのは、おそらく私のことでは無かったかと思います。私の顔を見て、祖母は不信を覚える表情など見せたことはありません。むしろ、いつもニコニコとしていました。祖母の傍らに腰を降ろし、その皺くちゃな手をさすったりしても、怖がる様子は微塵も無く、むしろさすり返してくれていたくらいです。ですから、安心していたことは間違いありません。

しかしこの3〜4年の間、祖母が私の名を呼んでくれたことは、とうとういちどもありませんでした。たぶん、私は祖母の中で明確な輪郭を持たない、ボヤけた人間として映っていたのでは無かろうか…..と思うのです。頻繁に訪ねていた父や母を見るときには裸眼で1.5の視力で見えていても、私の時は半透明のビニール膜を被せたように映っていたに違いありません。

しかし、私の中の祖母の存在も、充実した職業生活の中で、いつしか希薄になっていたことは事実です。のめり込んで仕事をしている時など、祖母のことが頭をかすめたことは、ただのいちどもありません。そうして私が祖母のことを忘れていたのと同じくらいに、祖母も私のことを忘れていったに違いありません。さすれば、棺に入れるべき品を気にかける者は、ほぼ家族同様に過ごして下さったホームの方々でしかありえません。血の繋がりがあるばかりで、あとは赤の他人同様に過ごしてきた薄情な孫には、到底、思いの至らぬことなのです。

彼女が差し出して下さった荷物を受け取ったとき、どれを棺に収めるべきか、私にはまるで見当が付きませんでした。そんな自分自身を、情けなく思わずにはいられませんでした。

(つづく)

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