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続 完成。

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銀塩時代を含めて振り返ると、カメラの電子制御化とは、様々な操作に個別の方法を割り当てて複雑化するだけの過程だったような気がします。露出補正を例に取ると、あらかじめフィルム感度をずらすとか、絞りかシャッタースピードのいずれかを動かして、機械が指示する「適正」から増減させれば事足りました。それがF3の場合、ウッカリAEを入れてしまったので、補正のためのダイヤルを別に用意する必要が出てきたのでした。

それでもF3はまだ良心的です。構えた時の右手の薬指で操作できるAEロックボタンが有りますから。使いにくい補正ダイヤルをいじるより、いったん適正にしたい光に向けてAEロックをかけ、それから構図を戻しさえすれば、私の場合、用は足りてしまいます。

さて、その後の機械の発展の歴史…..もちろん、私にその知識は無いのですが、様々な操作に独立した手順を踏ませ、それがいくつも乱立し、それでは収拾が付かないので階層化した…..その結果、使いたい操作が直感的にはいじれない場所に潜らされることになったのでは無かろうか…..と思えます。

その点、GRシリーズが他のコンパクトカメラよりも秀逸だったのは、露出補正とストロボ操作を直に触れるボタンやダイヤルとして配置したことでしょうか。電子制御よりも指の動きの方がはるかに早いのです。目的の頁に辿り着くのに、スクロールや検索よりも、指でページを繰る方が早かったりするのと同じ理屈です。

マニュアル操作を保証するパーツがそこに在ることが、撮り手の意志を最も直接に受け止めて、手早い操作を実現させていたのでした。そう考えると、今回のX100は、単に「意匠」や「郷愁」として銀塩カメラへの回帰を狙ったのではなく、至って素直に人間の操作を見つめ直した結果、それは70年代のカメラに還らざるを得ない形状に落ち着いた、ということでは無かろうかと…..。

実は私、いまメインで使っている一眼レフはF2なのです。以前、「方針転換」という記事(こちら)に書いたF2です。

未だ1年に満たないのですが、使うたびに「なんだ、「カメラ」という機械はF2でとっくの昔に完成しているじゃないか…..」と、私の心が呟くのです。このF2から今日に至るまで、いったい何がどのように「進化」し、そしてまた「深化」したと言うのだろう…..。なにより金属の塊でありながら、その操作感のまろやかなこと…..。

(つづく)

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