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夜歩く。

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祖母を送った葬儀の日から、早くも2週間が経ちました。先々週の19日のことです。その週末の金曜日、別のことで振替休日を取っていた私は、カミさんと2人で映画を観に行きました。まだ初七日も終わっていないのに…..と、いくぶん気が咎めましたが、どのみち家に居てもボンヤリ過ごすだけのこと。なにより怒濤のような1週間を経て、少し身体も心も休めたい…..という思いがありました。

『その街のこども』。昨年1月17日の深夜、NHK総合テレビで放映されたドラマの劇場版です。放映当時、私は炬燵に入って独りで観ていました。カミさんと子どもは、既に眠っていました。翌日に間に合わせなければならない書類があり、炬燵でMacbookのキーボードを叩いていたのです。

最初は特にどうと言うこともなく、単に画面を流していただけでした。やがて、深夜の神戸を歩く2人に付き合うように、気がつくと私も一緒に歩いているのでした。そして連れ立って歩きながら、15年前のその日のことを思い出していました。

その時、私は徹夜で仕事をしていました。未明、関西に暮らす友人が電話をかけてきました。そんなことは間々あることでしたから、特に面倒とも思わず、話に付き合っていたのです。ひとしきり話したあと、珈琲を淹れたくなった私は、台所に立って湯を沸かしました。沸くまでの間、炬燵に戻って受話器を取り、再び話し始めたのです。

と、次の瞬間、受話器から悲鳴が聞こえました。そして、ほとんど間を置かずに、300km近くも離れた私の下宿も揺れたのです。私の方は書棚が大きく揺れた程度でしたが、それでも今まで経験したことの無い揺れでした。一方、友人の方は足の踏み場もないくらいにモノが落ち、壊れた食器が床に散乱していると言います。

幸い、回線は途切れることなく生きていました。ここで切ってしまうと、しばらく繋がらなくなってしまうと、2人ともそう直感しましたから、とにかく切らずに話し続けようと言いました。周りで火事の起きている様子は無いか、さらに強い余震が来るのではないか…..未だ明けぬ空の下では状況がつかめず、ただただ不安でした。

そしてNHKが流す震度表示に、いつまで経っても「神戸」が現れないのでした。

(つづく)

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Comments:2

giovanegian 11-02-01 (Tue) 19:50

凄い話!

mb 11-02-06 (Sun) 22:55

ありがとうございます!! 阪神・淡路大震災の当時(1995年)、日本におられたのですか?

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