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続 続 使命感。

  • November 10th, 2010 (Wed) 23:12
  • 思惟

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そのように思うきっかけを与えてくれたのは、NHK BShiのドキュメンタリー、『未来への提言』に登場した報道写真家、ジェームズ・ナクトウェイさんでした。去る11月4日に放映されたのですが、明日11日(木)のお昼に、同じBShiで再放送があるようです。時間は午後12時30分〜1時45分まで。 いずれBS2や総合テレビでも放映されると良いのですが…..。

詳しくは、明日の再放送をご覧頂ければ…..と思います。

これまで報道写真や戦争写真には、強く心惹かれるものを感じながらも、そうした写真に本気で虜になることには、常にどこかでためらいがありました。深入りしないよう、自分で自分にブレーキをかけていました。

撮り手の思いはともかくも、悲惨な現実を「モノ」として消費していると思うからです。仮に私がその写真家のファンならば、私は悲惨な現実を消費する一人です。そしてその写真家を好きでいることは、すなわちその新作を待ち焦がれることであり、そのためにさらに写されるべき悲惨な現実を必要とするわけです。

他にも書き出せばキリが無いくらい、報道写真や戦争写真に対しては、両義的な感情が渦巻いています。おそらく、かつてのように無邪気に「社会派的」なるものへシンパシーを感じられなくなったからでしょう。報道の捏造にもマッチポンプにも自作自演にもかなり嫌気が差しています。そのイチイチを追いかけて一喜一憂すること自体、要するに事件事故のマニアであり、ニュース依存症患者であることの証左です。そんな時代と社会であればあるほど、「使命感」という言葉は、ますますお節介で欺瞞に満ちた言葉に映るのです。隠し切れない偽善のシワに塗り込められた厚化粧のような鬱陶しさ…..。

しかし、ナクトウェイさんの語る言葉は違いました。曰く言い難く、とにかく「違う」としか言いようの無い何かです。その口から穏やかに「使命感」と語られたとき、そこには止むに止まれぬ思いとともに、それを務めあげねばならぬ運命と宿命とがとても丁寧に織りあげられていました。なんのてらいも無く、素直に受け止めることができたのです。

果たして、私はそのような思いで自分の仕事や家族や自分自身と向き合ったことがあっただろうか…..。無論、仕事は愉しいですし、どこにも「やらされてる感」はありません。幸いなことに他人様よりも充実した職業生活を送れていると思っています。しかし、「使命感」というほどのものには、未だに覚えが無いのです。それは家族に対しても、自分の生に対しても、です。

ところが、年齢的に人生の曲がり角にさしかかりはじめたいま…..あるいは、とっくの昔に曲がり終えてしまったいま…..、どこかしら「使命感」という言葉によって自分自身を鼓舞したい気がするのです。そう思う時点で既に欺瞞なのですが、果たして私はいま、運命や宿命と綯い交ぜになった「使命」を務めているのだろうか…..と問わずにいられなくなっているのです。

良くも悪くも、当面、この問いは続きそうなのです(苦笑)。

(了)

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