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母屋にて(5)。

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その先輩も、数年前に立て続けに両親を亡くされたということでした。お母さまが入院しておられるときなど、なにかと口実をつけて退院させようとする病院に対して、ずいぶんと腹立たしい思いを抱えられたこともあったそうです。職場では最も仕事量の多いポジションにあり、家庭では受験生を抱え、親は命の灯火が…..そんな幾重にも重なった困難を、どうかこうかくぐり抜けてきたと言います。

その方も自宅から車で1時間ほど離れた場所に実家があり、ご両親はそこに2人で暮らしておられたそうです。やがてお父さまが亡くなり、お母さまが長患いの後に他界され、2人を見送ったあとの実家に戻るのは何とも寂しいと言われます。

「他人(ひと)から聞かされてはいたけれど、親を亡くしてしばらくの間は、なぁ〜んにも手に付かないくらい、ボンヤリとしてしまっていた」と教えてくれました。「心に穴が開いたような」という言い方がありますが、文字通り、そんな心地だったそうです。もちろん、人にもよるのでしょうが、三回忌を終わってようやく気持ちが落ち着いたという方もいらっしゃるそうです。親を亡くすということは、ことほど左様に大きな負荷のかかることなのでしょうか…..。

「同居するなら、お互いに元気なときに限る」というその言葉は、おそらくそのように過ごせなかった彼の後悔から発したものに違いありません。週末、今は誰もいなくなった実家に独りで向かい、閉めきった戸を開け放って風を入れ、わずかばかりの田畑の手入れと草刈をするのだそうです。とくにお母さまを亡くされた直後は、向こうからひょいと出てくるのでは無かろうか…..そんな思いがよぎったことも、一度や二度では無かったそうです。

何故に彼が私にそんな話をしてくれたのか…..せっかく実家のある県に戻ってきておきながら、中途半端に実家から距離をとって暮らしている私に対して、そっと忠告してくれたのかも知れません。しかし今の私は、どうにも今までのクセが抜けないのです。親元を離れてから今日に至るまでの四半世紀近く、親の居たことなどすっかり忘れ、仕事に夢中になって過ごしてきました。またそうすることが親孝行に違いないとも思い込んできました。

しかし、宮本常一ではありませんが、40歳を越えて初めて、そう言えば親の有ったことを思い出したのです。なにより、「かかわる」とは面倒くさいものです。到底、綺麗ごとでは片付けられない感情の諍いもあります。にもかかわらず、かかわっておかないと手遅れになる…..。

まったく皮肉なことですが、両親が旅行をしてくれたおかげで、私は親の不在を疑似体験でき、私自身がいろいろなことを考え直す機会を与えられたのでした。決して多いと思えない残り時間をどんな具合に充たせるのか、それを考えてくれる主役はもはや親ではなく、私の方だったのです。

猛暑の続く夏、独り母屋の仏間で寝転がり、滲み出る汗を感じながら、ボンヤリとこの先のことを考えていたのでした。

明日、2人は旅行から戻ってきます。この週末、私は出張が入っているので、迎えに出ることができませんが、来週末あたりにでも、いろいろと話しに行こうと思っているのでした。

そうそう、大分に戻るつもりだった私の前任者は、今は福岡で息子さんのご一家と一緒に暮らしておられるとのことでした。

(了)

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