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続 胸に迫る。

  • August 18th, 2010 (Wed) 18:30
  • 家族

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そうして祖母のもとに居るのは、長くても1時間が限度です。それ以上になると、祖母をひどく疲れさせてしまいます。また同じくらい、相対(あいたい)している我々もくたびれてしまうのです。元気でにこやかで機嫌良く過ごしてくれているとは言え、認知症の進んだ祖母と交わす言葉は到底「会話」には成り得ないものです。加えて祖母は耳が遠いので、何か言葉をかけようとすれば、不本意ながらも耳元で大声を張り上げ、時には祖母の掌をとり、指で筆談をしなければなりません。

このホームに入居した当初、祖母の認知症はさほど進んだものではありませんでした。しかし独りで生活を営むことに限界が見え、またお医者様の判断もあり、 入居させることにしたのでした。むろん、祖母は不承不承でした。その祖母を両親がどのように説得し、また祖母がどのように了解したのか、その場に居なかった私には判りません。しかし間違いなく、双方ともに傷つかざるをえない苦しみを抱えたことはたしかです。

入居して2〜3年のうち、毎回、施設を訪ねるたびに、祖母は家に帰りたいと泣きました。長い間懸命に働いて生き、最後の最後でどうしてこんな目に遭わされるのかと泣きました。残してきた家や畑のことが気がかりで仕方ない様子でした。下世話な話しになりますが、自分で自由になるお金を持てないことへの不満も相当にあるようでした。そのことが両親への不信感を増幅させた時期もありました。

まったく、綺麗ごとでは済まされない、俗事にまみれた葛藤を、祖母はもとより、両親も抱えていたのでした。いちばん気楽だったのは、遠方に暮らす私たち夫婦でしょう。祖母の記憶から消されてしまっても、文句の言える筋合いでは無いのです。

いずれにせよ、入居してずいぶん長い間…..認知症の進行が未だ緩やかだった時分、それはつまり、祖母の記憶や判断が未だ確かであった頃という意味ですが、皮肉なことに、その正常な頭脳こそが祖母を苦しめ、両親を苦しめていたのでした。

なぜ連れて帰ないのか、連れて帰ないのか、その問いに答えることはとても困難でした。連れて帰っても、もはや独りで自活することなどできるはずも無く、またどんなトラブルに遭うかも判りません。およそ客観的には不可能な話しなのです。しかし、その現実を正面切って突きつけることもできず、しかし何らかの形で納得してもらわねばならず…..せっかく顔を見せても、そんなやりとりに終始してしまい、喜ばせるために訪ねたつもりが、逆に悲しませてしまうのでした。

両親に比べれば、私が施設を訪ねた回数など微々たるものにしか過ぎませんが、そうして顔を見せることが、祖母にとって癒しになってくれればと思いつつも、結局のところ残酷な宣告を繰り返すことになり、まったくいたたまれない心地になっていました。夜が来て、ここで眠ったまま死なせてくれたなら、どれほど気持ちが楽か判らない、「死なせてくれ」と祈りながら床に就いている、という言葉を幾度も聞かされたものでした。

しかしそれもこれも、昨年、風邪をひいて危機的な状況になるまでのことでした。いまではすっかり認知症が進み、とても穏やかな表情で、施設での生活を送っています。私たちが祖母の一言一句を否定せず、すべて肯って応えるのと同様に、祖母もまた、今のありようをすべて肯っているかのように見えるのでした。

(つづく)

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