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続 続 先祖の数。

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そんなことをボンヤリと考えていた当時、私は未だ小泉八雲の著作に触れたことはありませんでした。本格的に八雲の著作を読んでみようと思い立ったのは、それから2〜3年が経ったのちの、つい昨年の夏のことでした。折しも、文庫本で手に入る宮本常一の著作を概ね読み終えた頃で、宮本の代わりに読める作家・作品を探していたところだったのでした。

きっかけは、やはりウチの子どもでした。このくらいの年齢の子にありがちな通り、彼は怪談に興味を覚えはじめていたのでした。折しも季節は夏。そして小林正樹監督の『怪談』(1964)を観る機会にも恵まれました。

しかし、そう言えばこれほど有名な八雲の『怪談』の原典(正確には「日本語訳で読める原典」という意味ですが)を読んだことがありませんでした。そうしてあれこれ探しているウチに辿り着いたのが、講談社学術文庫から刊行されている「小泉八雲名作選集」だったのでした。

……とここまでのくだりは「師走の怪談。」とか「いずれ日を改めて。」とか「出張中。」といった記事に書いたとおりです。その後、いっこうに続きが書けなかったのは、ひとえに私の怠慢と力不足によるものです。とにもかくにも、八雲の緻密で克明な観察眼と、そのうえに展開し飛翔する観想とを捕まえて咀嚼することは、決して容易なことではありませんでした。

数ある八雲の作品の中でも、私の心をとらえて放さない『塵』という佳品があります。講談社学術文庫の『日本の心』に収められている、わずか10頁の掌品です。もしかすると、いまや通俗的な似非宗教の読み物の類に、いくらでも類似品が出回っているかも知れません。それだけに、ここでこうして『塵』という短編に触れることには、一抹の不安が拭えないのです。

しかし「宗教」という言葉に頼ることなく、ある意味で人間のありようをこれほどまでに「合理的」に説明してくれた文章に、私は出会ったことがありません。許されるなら、ここにその全文をすべて転記したいくらいですが、次の箇所だけを引用しておきたいと思います。

ぼくらは、一人残らず、前世に生きていた生命の断片の、無数に寄り集まったものである。・・・・(中略)・・・・私は一人の個人 ー 一個の魂であろうか。否、私は一個の群衆である。・・・・(中略)・・・・今私を形作っている群衆は、数え切れぬ程度に解散を繰り返しては、又他の散らばっていたものと混り合って来たのである。とするなら、次の解体を思い煩う必要などどこにあろう。

小泉八雲著 平川祐弘編訳『日本の心』講談社学術文庫 240-242頁

今や42歳となったオジサンの身近には、私とさほど変わらぬ年齢でありながら、彼岸へと旅立つことを余儀なくされた方々がいました。いっぽう、私の両親を眺めてみても、到底老い先が長そうには思えません。

かく言う私自身、昨夏の末から初秋にかけて、これまでおよそ経験したことのない、得体の知れない変調を覚えたことがありました。痛みには必ず原因があるはずで、それを叩いたり、せいぜい1週間の時間をやり過ごせば、必ず、そして自ずと解消していたはずでした。そんな私にとって、素因の判らぬ痛みを抱え、それがいつまでも続いている状態は、およそ生まれて初めて経験するものでした。

結局、何が原因だったのか、まったく判らずじまいで今日に至っています。今年の正月にきちんと厄払いをしてもらう気になったのも、そうした経緯があってのことでした。そして今の私には、およそ「次の解体」など、到底受け容れられそうに無いことが良く判りました。

いつの日か私も数多いる先祖の一人となるべく、「次の解体」を心静かに甘受する日が訪れてくれるものなのでしょうか。「振り返ってみると、意外に人生は短かったですよ」とつぶやいたあの方(「意外と短い。」参照)のことが、にわかに思い出されます。およそ一人の例外もなく辿り着くはずのその時点は…..。

(了)

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