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刺激の総量。

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出先のホテルからのポストです。自分で車を転がして、ここまで辿り着きました。いささか長距離のドライブに、身体が心地良く疲れています。このあと布団に潜り込めば、さしたる苦労も無く、コトンと眠りに落ちることができそうです。ただ、この薄暗いホテルの部屋では、愛機MacBook Kuroのモニターが眼に滲みます。それが脳の芯を異様に覚醒させ、強ばらせてしまうのか、却って寝付きを悪くさせることも間々あります。

いったいに身体が受ける刺激の「量」は絶対的なものの筈だろうと思うのですが、こと視覚と聴覚の場合、どうにも相対的なもののようにも思えます。

たとえば今日、私は高速道路を飛ばしてここまで来ました。そのさなか、ずっとラジオをかけっぱなしでいたのですが、どれほど音量を上げても、路面を走るノイズやエンジン音にかき消されてしまい、音の細部を聴き分けることなど、到底できない相談でした。

しかし、私のこの耳は…..つまり感覚器としての私の耳は、走行中のノイズはもとより、上げたボリュームの数値が示す絶対的な音量を否応なく受け止めているはずなのです。つまり、音の解像は悪くても、また人間の聴覚がどれほど選択的なものであろうとも、絶対量としては相当に大きな音が飛び込んでいるはずだろうと思うのです。

視覚も同じです。たとえば充分な照明のある部屋でパソコンを動かすのと、照明を落とした部屋でパソコンに向き合うのとでは、まるで目の疲れ方が違います。輝度差と瞳孔の開き具合によるのかなぁ…..。いずれにせよ、真っ暗闇のなかでモニターに向い合うことは、日中の昼光のなかでモニターを観ることよりも、眼に対して相当の負荷をかけているように思えるのです。

ところが、私たちの眼は、暗闇のなかでは到底正視に耐えない輝度のモニターを、日中にはさほどの違和感もなく受け止めているのでした。

しかし、網膜や視神経が受け止めている刺激の総量は、とてつもなく大きなもののはずです。知らずに知らずのうちに抱えていた刺激の総量が、いつの日か私たちの身体に反乱を起こす日が来るのでしょうか……。

それにしても、ホンとに眠いです。おやすみなさい……。

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