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記憶の錯乱。

  • June 1st, 2010 (Tue) 22:36
  • 光画

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買っていたことをすっかり忘れている本があります。既に持っているにも関わらず、まったく記憶の外に飛んでいるのです。滅多に無いことですが、あとになって同じ本が書棚から出てきたりすると、我ながらそのマヌケぶりに愕然とします。たいてい、きちんと読んでいなかったから、記憶に残っていないのです。

にも関わらず、それと気付かずに2冊目を手にしてしまうのは、新聞や雑誌の記事に踊らされていたり、ただの「ジャケ買い」であったり、あるいはかすかな記憶の網目を辿り、「持ってないよな。」と安易に結論した挙句の衝動買いであったりします。大雑把に分類すると、いずれかひとつの理由に収まりそうな気配なのです。

さて、ここ最近、これとまったく逆の現象に出会うことが増えました。買ったつもりだったのに、実は買っていなかった…..なんとも家計にやさしい話しですが、いったいどうしてそんな記憶の錯乱が生じるようになったのでしょう…..。

考えられる理由のひとつは、モノを積極的に捨てるようになったからでは無かろうかと思います。とりわけ子どもが生まれてからというもの、なるたけモノは増やさないように、よしんば増えたにせよ、家のキャパまで一緒に増えてくれるわけでなし、使わなくなったもの、タンスの肥やしにしかなっていないもの、なかでも本や雑誌の場合、資料的な価値が薄いものはどんどん捨てることにしたのでした。

すると「以前は持っていたけれど、いまは捨ててしまったもの」という記憶の抽斗(ひきだし)が出来上がるわけですが、あまりに多くを捨てすぎてしまうと、今度は「本当にこの抽斗に納まるべきものだったのかどうか?」が判然としなくなるケースが現れてくるのです。

たとえば、2007年に求龍堂から刊行された、植田正治の『僕のアルバム』です。最近、TwitterのTLで話題になったとき、私は「あ、持ってる持ってる♪」と思いました。単純明快、直情径行の私ですから、その晩、すぐさま書棚を漁りました。今回の引越のあと、書棚はできるだけ整理して、写真集も作家別に並べたりしていたので、すぐに見つかるはずだったのです。

なにより、あの愛くるしい植田紀枝(正治夫人)さんの笑顔に、一刻も早く会いたいと思ったのです。

(つづく)

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