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どこにもありはしない。

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昨日の記事にも書いたとおり、出張で前の職場に来ています。今週末と来週末の金〜日曜です。もとよりこの出張は、異動前に決まっていたことでしたし、なにより未だ2ヶ月しか経っていないのですから、懐しさの感傷に浸るには、あまりに間が無さすぎるはずでした。ところが、わずか2ヶ月と言えども、この土地の光景に些細な変化を見付けずにはいられなかったのです。

たとえば、昨年から延々と続いていた、職場前の歩道の整備が終わっていました。綺麗にレンガが敷き詰められ、歩行者レーンと自転車レーンの区分けが施されていました。それと同時に進めていた電線の埋設も終わっていて、奇妙に空が開けていました。その道路を跨ぐ横断歩道で、私は毎朝、信号待ちで立ち止まり、時々気が向くと、頭上の猥雑な電線に向けてシャッターを切っていたのでした。いま、それはどこにもありません。

そう言えば歩道の植栽もゴッソリと新しくなっていました。せり出して通行の邪魔になっていた生垣はすべて無くなって、その代わりに貧相な樹が等間隔に植わっていました。なんの樹なのか、まるで見当もつきませんが、おそらく10年と経たないうちに、大きな樹に育つのでしょう。

バス停のベンチが新しくなっていたり、いつも視界を遮っていた集合住宅が鉄筋を剥きだした解体作業の最中だったり、馴染みのカメラ店の商品配列がずいぶんと変わっていたりしていました。モデルルームがあったはずの場所が更地になっていました。錆だらけで使用禁止のロープの張られたまま、何年も放置されていた自転車小屋がようやく撤去されていました。かつて私が借りていた駐車場の番号に、知らない車が停めてありました。どれもこれも、わずかこの2ヶ月の間のことです。

あのままここに暮らしていたら、途切れなく続いていた日常の線の上の出来事として、さしたる感慨もなく、サラリと行き過ぎていたことでしょう。しかし、わずか2ヶ月に過ぎない不在は、些細な違いに過ぎないものを、文字通り「大きな変化」として私にひっかけてくるのでした。

あぁ、こんなふうに、少しも止まっていてくれないのだなぁ…..。そんなふうに思いました。でも、それが当たり前なんだなぁ…..とも思いました。ふるさとは、遠きにありて、想うもの。私の中で止まっていたこの土地の光景は、もはやこの地上のどこにもありはしないのです。そして、それと同じくらい、この土地で13年を過ごした私自身の痕跡も、いまやどこにもありはしないのでした。

来週末、ふたたびここを訪ねることになります。今回と同じように二泊します。その間、仕事が終わったら一刻も早く職場から離れようと思います。そして、この土地で撮りこぼしていた見知らぬ場所に分け入ってみようと思うのでした(笑)。

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