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続 遺産相続。

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幸か不幸か、父の関心は「撮ること」よりも「メカニズム」にあります。得体の知れないロシア製や旧東独製のカメラを、どこからか仕入れてきては、朝日ソノラマのカメラレヴュー別冊、『クラシック専科』のシリーズを引っ張り出し、首っ引きで眺めているのでした。ですから、少々カビが生えていようが、モルトが加水分解を起こしていようが、まるで気にせずに引き受けてしまうのでした。

幸か不幸か、私の関心は「メカニズム」よりも「撮ること」にあります。したがって、使えない機械を山と積まれても、それはゴミにしか見えないのでした。早晩、私が引き継ぐことになるのでしょうが、その場合、どの機械にどのくらいの価値があり、また修理が可能かどうかを見極めるために、徹底した事業仕分けが必要になるかもしれません。頼みもしないのに、宿題だけが山積みされた心地です。

それはともかく。

ここ3年ほどの間にも、私が知っているだけで2回、ダンボール詰めの機械が父のもとに届けられていました。昨日の記事にも書いたように、こうしたことが起こるようになった初期の頃は、「送り主」とは即ち父の知り合い本人でした。いずれも、写真をやめた、カメラをやめた、デジタルに切り換える等々の理由でした。

ところがここ最近の送り主は、本人では無くその奥様です。つまり、ご本人が鬼籍に入られたのち、その故人の遺志によって届けられたものばかりなのでした。「カメラ一式はmb父に譲渡せよ」と遺言してあったと言うのです。常日頃から父が懇意にしていらっしゃった方もいれば、さほど近しいわけでもなかったけれど、ことカメラの話になると、互いに話題に事欠かず、ともに愉快な時間を過ごした方もいたそうです。

さすがの父も、単なる「譲渡」では無く、「遺品」として引き受けることが続いたときは、なんともやりきれず、妙な心持ちになったと言っています。単に「モノ」を引き受けたのではなく、そこに籠もった「念」までをも一緒くたに引き受けるわけです。申し出られれば、それがどのような機械であれ、いささかでも懇意にしてきた歴史のある相手からのモノですから、無碍にはできにくかろうと思います。

加えて、父の胸中を察すれば…..いささか縁起でもない言い方ですが…..次は自分の番では無かろうかという恐怖心もあるのではないかと思えます。

そんな父の胸の裡を和らげるために私にできることと言えば、父が望む機械を預かって、この土地に暮らす良心的で腕の良い修理職人さんに、その機械を託すことなのでした。既にそんな具合で5〜6台を修理した気がします。「遺産相続」というよりも「先行投資」なのかも知れません。ただ、そんな具合に引き継ぐのはイヤなものだなぁ…..と、いまから予防線を張り巡らせているのでした。

(了)

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