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過去の手ざわり。

  • October 13th, 2009 (Tue) 23:03
  • 電視

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NHKの番組予告を観たのだと思います。 そのとき、本編の放映日を書き留めておけば良かったのですが、雑事にかまけて忘れてしまいました。もし既に放送済みだとすると、なんとも惜しいことをしてしまいました。内容は、過去のモノクロ映像に、緻密な考証に基づいた彩色を施し、あたかもカラー映像の如くに「復元」する…..といった内容だったかと思います。ホンの一瞬、その一部が紹介されたのですが、あまりの出来栄えに眼を奪われたのでした。

明治、大正の古写真や昭和のはじめの写真のなかに、あでやかな彩色が施されたものを見ることがあります。私の両親の結婚写真は、おそらくカラーで撮られたものでしょうが、彩色によって大幅な修正が施されたに違いありません。必要以上にこってりした色乗りです。しかし、今となってはその不自然さに異和感を覚えるよりも、その不自然さこそが雄弁に物語る「往事」に耳を傾けたくなるのでした。

いっぽう、彩色を施した「動画」の場合、なにゆえか心の中にざわつくものを抑えることができませんでした。それも、もともとカラーで撮影され、褪色の進んだフィルムを復元したわけでは無いのです。モノクロでしか記録されなかった映像に、最新のデジタル技術を駆使して着彩を施し、昨日撮られたものと変わらぬ鮮度を蘇らせようというのです。しかもそれがかなりの水準まで成功を収めている…..。

もちろん、そのなかに映る風景や人々の衣装、髪型、アクセサリー、未舗装の道路や木製の電柱等々を見れば、それが数十年を隔てた過去のものであることは一目瞭然に判ります。しかし…..このざわめきの理由は何なのでしょう…..?

すっかり忘れていたようなのです。今となっては、モノクロームで記録された時代の方が特異であったということを…..つまり、白黒でしか記録されなかった時代は、このさき、歴史の中のごく限られた一時点に過ぎ無くなってしまうのでした。

既にカラー映像で記録された年月の方が長くなっていたのです。リュミエール兄弟の蒸気機関車は1895年だったそうですが、その後にカラーフィルムが登場し、普及しはじめた頃からの時間を考えると、とっくの昔にカラーで記録された時間の方が長いはず……ましてやその物量を比較すれば、明らかにカラー映像の方が多いはずです。

過去をモノクロームの映像として振り返ることの出来ない子どもたちが、これからは一方的に増え続けて行くことになります。あるいは私たちがその最後の世代…..つまり、「過去」をモノクロームの映像として記憶できる最後の世代なのかもしれません。

モノクロであったが故に郷愁をかき立てられ、その実、それと相矛盾するかのように、まるで「別世界のこと」と割り切ることも出来たのでした。しかし、そんな「過去」でさえ、最新技術の侵略に遭い、現在と寸分違わぬ鮮度で蘇生させられてしまうのです…..。そこに興味を覚えながらも、そのようにして現前する過去の手ざわりが、いまの私といったいどんな具合に異なってくるものなのか、知りたいような気もするのでした。

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