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還る場所(4)。

  • September 13th, 2009 (Sun) 17:18
  • 思惟

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私の実家のある土地は、山あいの小さな農村でした。とは言え、国鉄の駅から海に伸びる、かつての幹線道路が走る場所でもありました。私の実家は、駅と海との中間地点にあり、それぞれから10kmほど離れています。その幹線道路は、もちろん片側一車線でした。しかし、いつの頃からか高速道路建設の話しが持ち上がり、1988年頃に開通。インターチェンジもできて、何処へ行くにも便利になりました。

当時、私は大学に入っていましたから、帰省のたびに完成の近付く巨大な道路に、ただただ圧倒されるばかりでした。自然環境が破壊されるだろうことには、あまり頓着していませんでした。実家に愛着はあっても、それは単に盆暮れに帰省するところでしたし、卒業後は別の土地で就職して暮らすことになるのだろうと、漠然と考えていたからです。

もしかすると、そうして出来上がる高速道路の完成を、むしろ当時は心のどこかで楽しみにしていたかもしれません。社会や物事が「発展」する象徴のように思っていたかもしれません。ところが、完成から20年を経て、特にここ10年の様子を外側から眺めていると、どうにも悪い方向にしか進んでいないように思えてくるのです。

なによりも空気の汚れは尋常ではありません。近隣の家々を含め、実家の在る土地の風景そのものが、煤を被ったように薄汚れて見えるのです。そしてその煤を払うだけの人間が居なくなりました。農業を止め、より条件の良い暮らしを求めて先祖伝来の山、田畑、家を手放す人が増えました。

それでも、私の年代から数えて祖父母の世代に当たる人間が健在だった頃….それはいまから15年ほど前のことですが…..は、それなりに活気があったものです。たとえばお盆の夜、近隣のどの家も、眼前の畦にローソクの火を灯した「流し船」を出していました。しかし、私の両親と私との間に位置する世代で、この実家の在る土地に生活の拠点を置く人はほとんど居なくなりました。

以前にも書いたことがありますが、私の実家のすぐ隣の家は、帰る人とて無く、文字通り、溶けるように崩れてしまいました。お向かいも絶家して、小さな家が蔦の葉に埋もれています。少し下手(しもて)の家には、80歳を過ぎたお婆さんが独り暮らしをしています。その手前の家は借家で、退職して子どもの無い老夫婦が暮らしています。10戸ほどの小さな集落で、子どもの居る家はわずかに1〜2軒、あるか無いかといった状況なのです。

(つづく)

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