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還る場所(3)。

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いささか安易な言い方になりますが、宮本の『民俗学の旅』は、私にとって珠玉の言葉に満ちあふれています。しかしそれは「教訓」とか「金科玉条」とか「規範」とか「道徳」といった範疇からは微妙に異なる位置にあるような気がします。強いて言えば、宮本の経験や体験や見聞が、結果として宮本自身に語らせることとなった庶民の知恵…..。層のように積み重なり、降り積もっていた庶民の生活…..その時間の中に堆積し、書き言葉に翻訳されないまま消え入りそうになっていた暮らしの知恵…..。

ところが、そのいっぽうで、こんなふうにも思うのです。宮本の言葉は、なにゆえ私の琴線を震わせずにおかないのだろうか?と…..。もちろん、それは宮本の言葉に力があるからに違いないからなのですが、どうやらそれだけでは無さそうなのです。

真逆に考えてみれば、むしろ問題は私自身にあるのです。つまり、こういうことです。宮本の言葉に感銘を受けている「私自身」とは、要するに芸能界に憧れる思春期の若者と、たいして変わるところがないのではなかろうか…..と。

宮本が描いた世界は、第一次産業に従事している人々…..とりわけ農民の世界です。私の父は幼い頃に農業を経験…..というよりも、父にとっての「生活」とは、すなわち田植えをし、畑を耕すことに他なりませんでした。その息子である私には、まるで農業の経験はありません。祖父母が健在であった頃、子どもとして帰省する実家は間違いなく農村でしたが、そこで私が田に入り、雑草を抜き、肥料を撒いたりしたわけでは無いのです。

祖父母の後にくっついてなにがしかの手伝いをすることはあったにせよ、それはおよそ「生活」と呼べるシロモノではなく、むしろ「非日常」の範疇にあるものでした。しかし、その中途半端な過去の経験が、時間の経過とともに否応なく「郷愁」へと置き換えられて行くうちに、それがたまたま出会った宮本常一という「酵母」によって発酵を始めたのではないかと思えるのです。

生活に未だわずかの不便さの残る時代(たとえば、アスファルト舗装されていない、「わだち」のある道路とか、白黒のテレビとか、自家用車を持っていないとか)を、辛うじて子どもとして過ごした経験をもつ私にとって、宮本が描いてみせる世界は、かつてたしかに触れたことのある、しかし今現在はブラウン管の向こう側にしかない憧れの世界なのです。

もっと身も蓋もなく言ってしまえば、宮本が書いていることなど、当時を農民として暮らしていた人々から見れば、どれもこれも当たり前のことばかりだったはずでは無かろうかと思うのです。その「当たり前」に感銘を受ける私とは、裏返せば、自分自身が矮小化していることを自ら暴露しているようなものではなかろうかと思えるのです。

農村を映した風景にどれほど心を動かされようとも、そこには身体にまとわりついてくる虫もいなければ、堆肥の臭気も漂っては来ません。そうした現実を取り除いたところで、どれほど宮本の言葉に感銘を受けようとも、それは所詮、芸能界に憧れる少年少女と変わるところがないと思えるのです。

そう言えば、実家の隣家の軒先には、皮を剥がされ、焼酎に漬けられることを待っているマムシたちが、いつも幾匹もぶら下がっていました。子ども心にもゾッとする光景でしたが、それは間違いなく、当時の生活の一部だったはずなのです。

(つづく)

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