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還る場所(2)。

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自叙伝とは難しいものです。著者にそのつもりは無くとも、読み手には「要するにタダの自慢話」としか受け止めてもらえない場合があります。虚心に読めば何でもない記述も、読み手が置かれた現在只今の状況次第では、著者の失敗談でさえ「裏返しの自慢」にしか聞こえず、鼻について仕方のないこともあるでしょう。しかし、だからと言って「年表」のような自叙伝など、味も素っ気も無いに違いありません。

事実の叙述に徹しながらも、それが無味乾燥に響くでもなく、ましてや道徳のお題目に成り下がるでもなく、いわゆる「ご高説」や「講釈」からは適切に距離を置いた「自叙伝」ってあり得るでしょうか…..? 私にとってその唯一無比のものは、森山さんの『犬の記憶』と『犬の記憶 終章』(河出文庫)かも知れません。

さて、宮本の『民俗学の旅』です。読みようによっては、あるいは受け手によっては、そうした「自慢話」ととられかねない箇所が幾つもあったように思えます。しかし、それ以上に気付かされるのは、そうした「自慢話」に成り下がらないよう、またそれ故に伝えたい主旨が伝わらなくなることのないように、宮本が随所に散りばめた「配慮」でした。曰く言い難いのですが、「自慢話と受け止められないように予防線を張った」とか、「自慢話の痕跡を嗅ぎ取られないように巧妙な粉飾を施した」ということではありません。

宮本が過去に出会った事実を丁寧に辿りつつ、そこに去来した思いを素直に筆に起こして行けば、自ずとこのように書かざるを得なかった…..例えば、次のような記述です。

私が年寄りたちからいろいろの話を聞くようになったとき、明治維新以前のことを知っている人たちとそうでない人たちの間に話し方や物の見方などに大きな差のあることに気付いた。たとえば維新以前の人たちには申しあわせたように話し言葉というよりも語り口調というようなものがあった。ことばに抑揚があり、リズムがあり、表現に一種の叙述があり物語的なものがあった。維新以後の人たちのことばは散文的であり説明的であり、概念的であった。そしてその傾向が時代が下がるにつれて次第に強くなる。知識を文字を通して記憶していくようになると、説明的になり散文的になっていくもののようである。(中略)

屋久島の年寄りたちの話は語り物を聞いているような感じのするものが多かったが、今『屋久島民俗誌』を読みかえしてみると、わたしはそれをすっかり散文にし箇条書きにし、また聞いた話を私なりに分解してしまい、ことばそのものの持っていたひびきのようなものは洗いおとしてしまっているのである。そこに住む人たちの本当の姿を物語るのは話の筋 —つまり事柄そのものではなくて事柄を包んでいる情感であると思うが、そのような形で聞き取りを整理したものはほとんどない。(中略)しかしその頃は情感的な物を洗いおとして鹿爪らしく散文的に書くことが学問として価値あるように思ったのである。

(宮本常一『民俗学の旅』、講談社学術文庫、109頁)

(つづく)

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