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誰も撮らない。

  • July 14th, 2009 (Tue) 23:04
  • 光画

2007-8HMD071.jpg

路上でカメラを持ち歩き、スナップを愉しみとする方なら、誰しも一度や二度、似た経験をなさったことがあるかと思います。つまり、路傍の光景の断片に不意に呼び止められ、ついついシャッターを切ってしまうことが…..。「撮らされている」と言うと、なんとも主体性の無いことのように思えます。しかし、コトはそれほど単純ではありません。

ここで言う「呼び止められる感覚」とは、「決定的瞬間との遭遇」とか、「絶妙な構図の捕獲」とか、あるいは単純に「物珍しい被写体」と言った、いわゆる「写真的射幸心」を煽られた結果ではありません。むしろ、そうした射幸心の対極に在る、至って偶発的な何かです。

言葉で表しがたいもどかしさを感じます。ですから、そのときの状況と、不意に私の中に訪れた内言とを綴ってみます。たとえば、いつも通りGRを片手に街を歩いていたとします。一瞬、「面白そうだな」という思いが掠めます。しかし、そう思ってさらに近付いてみると「さほどのことも無いな」と、はぐらかされた気になります。あるいは「手に負えんな」と、カメラを構えかけた手を下ろすことがあります。

そうして、その片隅の光景に視線を絡ませたことを後悔するように、足早にその場を離れようとします。そんなとき、不意に呼び止められるのです。「あんたが撮らなきゃ、誰も撮らんよ」と。

あるいは「面白い」とも「面白くない」とも思わぬまま…..つまり、なんの感慨も無く素通りすることもあります。たいていはそのまま過ぎてしまうのですが、時折、こんなささやきが聞こえるのです。「あんたが撮らなきゃ、誰も撮らんよ」と。

そんな具合に、おそらくは未だかつて、誰からもカメラを向けられたことが無く、一瞥さえされたことの無い片隅の光景に、不意に呼び止められた心地がするのです。そんな「症状」が出始めたのは、特に今年に入ってからのことです。今日の縦位置の写真は、まさにそんな声にシャッターを切らされた1枚なのです(特に葉っぱが語りかけてきました)。

ここ最近、そんな声に誘われることが増えた気がします。時にそれは「今まで誰にも撮られたことが無いの。」と、哀切に満ちた表情をしています。逆に「あなたに撮られることを待っていました。」と、謝意のこもった表情に聞こえることもあります。あるいはまったく尊大に「撮らずに素通りする気か?」と咎める調子に聞こえることもあります。

いずれにしても、末期的かも知れません(苦笑)。

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