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電気自動車(5)。

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渋滞が発生するメカニズムを探るため、高速道路を空撮した映像を見たことがあります。まるで生き物のように伸び縮みを繰り返す車列に、見えない意志のようなものを感じて、曰く言い難い不思議の感に打たれものです。もちろん、神の意志などではありません。原因は非常に即物的かつ心理的なもので、たとえば上り坂やトンネルの入口、あるいは車線減少や事故に伴う減速の連鎖反応がその正体です。

しかし、ほどよい車間を失った行列が、おのおのの意志でブレーキを踏み、再び適切な「伸びしろ」を確保するまでの間、行儀良くその歩みを停めている様子はなんとも奇妙で滑稽に思えます。俯瞰で観て初めて判ったのは、てっきりスムースな血流に似ているのだろうと思っていた高速道路の車の流れが、実はミミズのように伸縮を繰り返す1本の生き物らしいと言うことでした。

飛躍的な経済成長の「十分条件」はともかくとして、その「必要条件」は圧倒的な後進性(後発性)にあるような気がします。明治期の日本も、あるいは戦後の日本もそうだったのかも知れません。ありあまる車間距離を前にして、ひたすらその空白を縮め続けてきたのでしょう。

しかし、前に追いつくために築き上げたシステムが、ここへ来てボトルネックそのものへと変貌しはじめた気がします。石油を軸に組み上げたシステムは、間違いなく著しい成功をおさめました。しかし…..。先頭をひた走っていたつもりが、いつのまにか最後尾にまわっていた…..スピードを愛する方なら、誰もが一度や二度、経験なさったことがあるはずです。

人間にヤドカリほどの軽薄さでもあれば良いのでしょうが、既に円滑な暮らしを保障してくれるシステムのなかに居る以上、殊更にそれを脱ぎ捨てる気にはなれません。住人不在の新しく堅牢な巻き貝がすぐに見つかる保証は無く、ましてや今のカラを脱ぎ捨てる動機も無く、しかしこのままではいけないことを誰もが感覚的に理解している…..。

その不安を社会に伝染させないためには、ほんのすこし側壁を嵩上げして、微妙に外の景色への視界を遮るのがいちばんかも知れません。いたずらにジャンクションの出入口を封鎖して、要らざる警戒心を抱かせるよりも、他に道が無いと思い込ませるほうが得策です。そして誰もが後ろ向きにニッコリと笑いながら、すこしずつ前進する…..。

自然発生的な進化の過程とは異なり、社会生活の中に降り注ぐ「進化」や「進歩」という「広告」は、様々な葛藤の末に良貨を駆逐した悪貨に似ているのかも知れません。現に銀塩とデジタルの関係だって……。

(了)

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