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機種依存媒体。

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手元に2つのデジタルブックがあります。いずれも新潮社が「新潮電子ライブラリー」と銘打って刊行した安部公房の作品です。ひとつは1993年12月刊行の『飛ぶ男』。もうひとつは翌年2月刊行で、複数の短編を収録した『闖入者』です。当時の価格は1冊2,200円でした。媒体は3.5inch(2HD)のフロッピィディスクです。

『飛ぶ男』は、未完ながらも安部の遺作と呼ばれる作品です。ワードプロセッサ(NECの文豪シリーズ)で書かれたものです。その遺稿がフロッピィから発見された、初めての作家ではないかと言われています。

後年、いくつかの研究が明らかにしたところでは、『飛ぶ男』には複数の異稿(ヴァリアント)が存在し、単行本に収録されたテキストは、安部の死後、真知夫人による校正(あるいは書き換え)が相当に入ったものらしいと言うことでした。

「著作権継承者とは言え、行き過ぎた手の入れ方だ」と言われるいっぽうで、「安部ならきっと、このように直したはずだという真知夫人の愛情が伝わってくる」との評価もあるようです。ただ、そんないきさつの故でしょうか、未だに文庫本にはなっていないのです。

記憶が定かではありませんが、この『飛ぶ男』は、紙媒体の単行本よりも、「デジタルブック」の方が先に刊行されたのではないかと思います。当時、私は震える思いでこのフロッピィを手にしました。つまり、ワープロに遺された遺稿の複製を、そのまま手にしているような生々しい錯覚を覚えたのです。

当時、私はNEC98NoteのNe2という機種を使っていました。右サイドにフロッピィのスロットがあり、モニターは10inchに満たない小さなものでしたが、精細なカラーモニターでキーボードの打鍵感も私好み。前面には小さなトラックボールが仕込んであって、なかなか使い勝手の良い機械でした。

ドキドキしながらフロッピィを挿しました。たしか、ページを繰るたびに紙ずれの音がする仕掛けを組み込んであったと思います。しかし結局、このフロッピィで読んだのは、せいぜい2回ほどでしかありませんでした

数年前から、この98Noteも動かなくなっていました。今回、久しぶりに読みたくなって、98Note以後の愛機だったGateway Solo 5100を引っ張り出して試してみました。するとどうしたことでしょう。「ドライブをフォーマットしますか?」と尋ねてくるばかりで、いっこうに起き上がる気配がありません。

改めて奥付を読むと、このデジタルブックの再生には、そもそも専用のプレーヤーが必要で、他に動かせる機械はNECの98シリーズに限っているようでした。つまり、DOS/V機ではウンともスンとも言わないのです。まさしく機種依存媒体なのでした。

いずれ読めなくなってしまうことくらい、当時もどこかで判っていたはずでした。だからこそ、ここ何年もの間、このデジタルブックの存在さえ忘れていたのです。

しかし、にわかに思い出した記憶…..当時の私は定職も無い不安定な身分でした。早過ぎる安部の死の喪失感と、それを埋め合わせてあまりある遺稿の発見…..しかしこれを読み終えてしまえば、もう二度と安部の新作には出会えない……パソコンのモニターでしか読めない安部の遺稿に出会った当時の、形容しがたいあの感覚…..16年前の私自身…..。

いまやタダのプラスチックでしか無くなったフロッピィを手に、追憶さえ赦さない途絶を感じずにはいられないのでした。

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