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年始の客(7)。

  • April 24th, 2009 (Fri) 20:14
  • 思惟

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そんな具合に、時には馬鹿な話も交えながら、できるだけ正確に、私の結婚にまつわる事実を話しました。正確に話したのは「事実」ばかりではありません。そのとき私の胸に去来した複雑な思いもまた、出来るだけ正直に、彼らに向かって話しました。たとえばそれは、独身最後の日々を過ごしていたある日、ふと私の頭を占有した思いです。

良く晴れた日のお昼のことでした。外で食事をするために、歩道で信号待ちをしていました。決して多くは無い人群をボンヤリと眺めていた時、私の頭蓋の裡に「あぁ、世の中に「女性」というものは、実はいっぱい居たのだなぁ…..」という思いが、不意にグルグルと駆け巡りはじめたのでした。

一緒になることを望んだ人と、一切の障害無く結ばれる喜びに満たされているはずでした。その頭の中で、あろうことか、まるで相反する思いが、ホンのいっとき、私の頭を占有したのでした。まるで他人の頭が割り込んできたような、それはそれは思いがけない不意打ちでした。

無論、話を聞いていた彼女の方は、「信じられない!!」と笑いながらも私を非難することを忘れませんでした。あまりに淡々と話す私の口調もまた、彼女を驚かせたようでした。しかし、それゆえ何かをしでかしたわけでもない私は、至って冷静に、そのときそのような感慨を抱いたことが、カミさんに対してとりわけ不道徳を働いたわけでも、また傷つけるわけでも無かろうと思っていました。

むしろ、興味があったのは、そのときそのような感慨がよぎったことの面白さでした。私がおののいたのは、カミさんという固有の人間に起因した何かではなく、生涯、この人と一緒に歩くことになった、あるいは歩くことを決めたという、私自身の決心にありました。つまり、私を襲ったものは、およそ進学や就職の折りには感じたことさえない、「あと戻れ無さの現実感」だったのかも知れません。

ホンのいっときのことでしたが、未だにそのときのことを鮮明に憶えています。そのくらい、私にとっては不可思議極まる感情でした。後年「「マリッジ・ブルー」とは、実は男性に特有のことらしい」と同僚から聞かされた時、私はおおいに膝を打ち、同時にそこに絡め取られることなく、無事に今日を迎えられていることを、ありがたく思ったのでした。

そうして結婚から3年後、人の親となった瞬間には、もはや前のような感情はありませんでした。憶えているのは、息子を初めて抱き上げた時の、まるで羽毛を抱いているかのような感覚です。そうして、後悔しました。もっと早くに、子どもを持つべきでした。この差だけは、どうにも埋めようがありません。いま私が20歳の私と出会えるなら、子どもは早ければ早いほど良いと言ってやりたいと思うのです。

(つづく)

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