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年始の客(3)。

  • April 19th, 2009 (Sun) 17:58
  • 思惟

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無論、彼女は50着近いドレスを試着したいわけではありませんでした。いくら一生に一度のこととは言え、自らを着せ替え人形にして愉しむ性質の女性ではありません。どちらかといえば、そうしたことを喜ぶ志向からはほど遠いところに位置しています。だからこそ、私たちの職場での仕事もテキパキとこなし、誰からも信頼が厚かったのでした。

さて、前後の流れは忘れましたが、いつの間にか、私は私自身のことを話さざるを得ない立場に置かれていました。つまり、私が結婚した当時のことです。私にとってはタカが12年前のことに過ぎず、振り返ればつい昨日のことのように思い出せることばかりです。

そのなかに、およそ彼らの参考になりそうなものなど、タダのひとつも無いわけですが、若い彼らにとって「12年」とはそれなりに重みのある歳月と映るようで、なにか示唆があるはずだという眼をして聞いています。とは言え、その眼に応えるために話を粉飾するわけにも行きませんから、私から見えていた結婚当時の事実を、そのまま話すよう心がけたのでした。

加えて、私の立場も微妙でした。男性である以上、ウッカリしていると、その気も無いのに彼の立場を擁護する物言いになりそうです。しかし、仕事上で多大にお世話になったのは彼女の方ですから、殊更に彼女を擁護して彼を攻撃することも忘れてはいけません。ただこれも、女性の立場を斟酌できようはずもありませんから、あくまでも男性の視線からの援護射撃に過ぎないわけです。

彼女は、できるだけ早く一緒になりたいという思いを抱いていました。既に互いの両親とも面識があり、実家に泊まることもあるわけですから、そこには第三者に起因する障害はひとつも無いのでした。彼らにとって唯一の障害は、他でもない彼のためらいにあるのでした。

そのためらいは、もっぱら経済に関わることでした。安定した職業に就いていながら、未だ2年ほどしか勤めておらず、充分な蓄えが無いことが理由だと言います。その気持ちは、私も良く判ります。私自身、27歳で定職を得て、そのわずか1年後に結婚を決めたとき、蓄えの無さは大きすぎる不安のタネでした。

いま思えば、単なる見栄に過ぎません。しかし当時の私は、定職に就いて1年間働いても、「蓄え」などたいして出来ないことが判っていました。なお悪いことに、独身の気安さは…..もちろん、性格にも因りますが、私のように計画性の無い人間の場合…..それを2年、3年続けたところで、決心が鈍ることはあっても、劇的に貯蓄を増やすものでは無いことを承知していました。

そうして、私の友人を引き合いに出し、学生結婚した2人でも、いまは立派に暖かい家庭を築いていることや、万が一困ったことがあったとしても、きっと誰かが手を差し伸べてくれるだろうことを、根拠もなく話してしまったのでした。彼は口をつぐんだまま、身じろぎもせずに聞いていました。しかし、その眼の奥は微笑んでいました。

(つづく)

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