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世評はともかく。

  • April 6th, 2009 (Mon) 20:07
  • 音楽

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なにをもって「名盤」と言い得るのか、素人の私に見当がつくはずもありません。特にクラシックの場合、指揮者、演奏家、楽団、録音年代・状況等々に無数の組み合わせがあるわけです。同じ指揮者と演奏家による同じ曲であっても、従えたオーケストラと録音時期等によって、まったく別物になるわけです。

加えて、その曲が録音されるに至った経緯や、そこにまつわる人間模様までをもが、そのレコードを「名盤」たらしめる要素となっていれば、耳に流れる音よりも、音に聞こえぬ「物語」に価値があり、それを音から聞き取れることが「名盤」の由縁たることになってしまいます。それはほとんど「蘊蓄」の世界です。

カタカナに対する苦手意識のおかげで、私がクラシック音楽を耳にするとき、言葉で補足する情報は必要最小限のものに止まっています。つまり、指揮者もしくは演奏家と作曲者の名前さえ判っていれば事足ります。ですから「グールドの弾く、バッハのイギリス組曲」とまでは言えても、「第何番の第何楽章か?」までは覚えられないのでした。ライナーノーツも律儀に読む方ですが、BWVの何番かなど、まるで頭に残ってくれないのでした。

さて、前々回に記事にした『マタイ受難曲』ですが、私の持っているCDは一種類だけです。EMI Classicsから出ている、Otto Klemperer指揮によるもので、録音は1961年。3枚組のCDです。「刷り込み」とまでは言いませんが、私にとっての『マタイ受難曲』はこれでしか無いのです。

ところが最近、他の演奏はどんなものなのだろう…..という興味が出てきました。そうして試みにYou Tubeを検索したり、Amazonの試聴コーナーを覗いたりしています。すると、困ったことに、どれもこれも私にとっては早すぎて、とても異和感を覚えてしまうのでした。

それもそのはずです。マタイ受難曲の第1曲に、Klempererが費やしたのは11分44秒です。他の指揮者のものと比べて、最も長い時間を費やしています。これに馴れてしまった私は、他の誰のものを聞いても、あの重厚で荘厳に響くはずの第1曲が、とてつもなく軽薄でせわしなく聞こえるのでした。

はてさて。このKlempererによる『マタイ受難曲』に、どんな世評があるのか、私はよく知りません。検索する限り、リヒターのものが最も素晴らしいとあります。興味はつきませんが、なんだか世評に振り回される気もして、未だ手に入れてはいません。何より哀しいことは、こうした「聞き比べ」に走ってしまうと、曲に対するせっかくの感情が、切れ味悪い分析のメスに傷つけられ、音に身を委ねにくくなることです。

やはりクラシックは、初めて聴いたものに限ります(笑)。

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Comments:3

M.Niijima 09-04-10 (Fri) 13:21

最初に聴いた演奏が、その曲の「刷り込み」になる可能性があるということ、まったく同感です。晩年のクレンペラーの演奏は総じて「遅い」傾向にありますから、それに慣れてしまうと他の演奏の軽さが気になるかもしれないですね。
「名盤」を生むのは、殊にこの国においては評論家諸氏の文章によることが多いように思えます。それが権威(?)ある雑誌に掲載され流布される。確かにクラシック演奏の盤は演奏者、制作年代などの関門によって初心者はなにから手をつければ良いのかまったく不可解なことだらけですから、誰かの太鼓判というガイドは有意義なのかもしれませんね。
ところがそれによる弊害。駄目と烙印を押された盤に対して憂う気持ちは捨てきれません。

ところで、FMで「マタイ受難曲」がかかったのは、四旬節中で、受難の主日が近かったからではないでしょうか。
と書きつつも、わたくしにとって彼の曲は放送などを通じて触れたことがある程度で、盤はいっさい持っておりません。(四時間超えのワーグナーは1幕ごと分断して聴いているのにも関わらず)やはりあの長大さが関門です(笑)
作品の背景や盤の制作逸話を知らずとも、その曲、演奏から、何かを感じられればそれだけで充分かと思いますし、世評に左右されない個人的な判断こそ純粋な音楽行為なのだと信じております。
また彼の曲は宗教曲ですから人々の霊性に訴えることを目指して作られたのだと思いますし、そしてmbさんのお言葉どおり『「音楽」が辿り着き得た極点のひとつ』なのでしょう。であれば尚更のこと信仰心の有無、宗派などを超えて、一個の人間の深部に入り込んでくることは不思議ではないように思えるのです。
ああ、わたしも「マタイ受難曲」に挑戦してみようかなぁ。

hiro 09-04-10 (Fri) 17:40

「何かの終わり」ではないのですが、CDも名声ある人に偏ります。レコード会社との契約がないとCDにさえなりません。その中で論表が付くのはこれまた一部です。だから外国版を含めて選んだ方が少しでも偏り無く豊かに聞けると僕は思います。そして英語もまともに読めないので評も大概何も分かりませんし…。

去年の事なのですが、ずーと気に入っていて自分ではこれぞ超名盤(名録音)だと思うあるフランスのCDがあって、これをアンプの試聴に持ち込みました。すると経営者から絶賛されて詳細を教えて欲しいと言われました。この方はCDになっていないようなものまで膨大な音源を持っているのですが聞いたことがないと言われ、まるで自分が演奏したかのように嬉しくなってしまいました。

この時にやはり一杯知られずに埋もれている演奏があると実感しましたが、このCDも廃盤でした。CDは本と同じで極僅かだけ印刷されて売れないと即廃盤です。だから賭で何でも買わないと…一期一会です。論表として見ているのは膨大な演奏の極々極一部です。そして何より…論表が付かないCDは安いです!

mbさん仰せのように豊富な演奏がオンデマンドで試聴購入できるようになればこんな悩みは無くなりそうなのですが…。

mb 09-04-10 (Fri) 23:04

M.Niijimaさん、hiroさん、コメント、ありがとうございました。長文のコメントを遠慮するのが一般的な傾向のようですが(かく言う私も、他の方のブログにコメントを付けるときは、極力短めに…..と。あまり実行できていませんが……)、受け手である私は、長ければ長いほど、喜んでしまう傾向にあるのでした。本当にありがとうございます(嬉)。

>M.Niijimaさん

>駄目と烙印を押された盤に対して憂う気持ちは捨てきれません。

まったく、その通りなのです(苦笑)。「良いなぁ…..」と思って聞いたものが、さほど高い評価を得ていなかったり、あるいはまるで無視されていたりすると、なんだかとてもガッカリしてしまうのです。ひとつは「名盤じゃないのか…..」という落胆。もうひとつは、名演とそうでないものとを聞き分けられない自分の耳への落胆です(笑)。Wikipediaを信用してはいけないと判っていても、「マタイ受難曲」の項目にKlempererの名前が無いと、やはりガッカリしたのでした(笑)。専門家の評価や世評による権威付けに懐疑的であれかし、とも思うのですが、「ならばどのように良いのか?」を説明できる知識も言葉も持たないため、ついつい、尻込みしてしまうのでした。
Klempererのマタイ受難曲ですが、Amazonで廉価版が手に入るようです。試聴もできるようですね。ジャケットこそ違いますが、私が持っているのと同じもののようです。↓

●バッハ:マタイ受難曲(全曲) クレンペラー

ちなみに、私が持っているものはこちらでした↓。

●バッハ:マタイ受難曲

ネットで調べた限り、KlempererのこのCDは、決して評価が低いわけでは無いのですが、「非常に遅い」ことだけが特徴のように言われています(笑)。ただ、Klempererに刷り込まれた私にとって、特に第1曲と終曲には、どうしてもこれだけの長さが必要なのでした。

なお、「音楽が辿り着き得た極点のひとつ」という言葉は、私ではなく教授の言葉です。数年前、NHKの『未来への教室』という番組の特別枠でした。「世界中に数多の音楽があるなかで、ことさら西洋のクラシックだけをとりあげるのはナンセンスだが、それでもバッハの音楽は、人類が辿り着き得た音楽の極点のひとつだと思う」と語ったのでした。こうしたレトリックにシビれるのでした(笑)。

>hiroさん
「何かの終わり」の記事に引きつけて読んで下さり、本当にありがとうございました。整理のつかないままに書いてしまいましたから、いま読み返してもずいぶん生硬で読みにくく、ポイントがボケてるなぁ…..と(恥)。それでもお付き合い頂き、ありがたく思っています。
埋もれた音源に「名盤」を聞き分けられるのは、やはりさすがと思います。その出会いは本当に嬉しかったことでしょうね….!!
hiroさんのCDに対する姿勢は、写真集に対する私のそれとまったく同じです(笑)。ただ、作り手の立場になれば、音楽はその制作過程に大勢の演奏家を巻き込まざるを得ませんから、「自費出版」はもちろん、オンデマンド配信も成り立ちにくいかも知れませんね。
ロングテールの末端に有る作品も、売れ線の作品と等価に扱い得るところにネットの可能性があると思うのですが、制作コストの回収を前提にすれば、権威によって保証されたものの方が勝ちを収めるのかも知れません。いつだって強いのは、資本の論理なのかも知れません。
しかし、インポートものへの注目は、私には目から鱗でした。国内のレーベルで余計な付加価値を付けられたものを相手にするよりも、よほど良い出会いがあるのですね。とても参考になりました。

>再び、お二人へ
機会がありましたら、Klempererの「マタイ受難曲」への評を、ご自身のブログでお聞かせ下さい。どんな評論家の評価よりも、私の心に入ってきてくれそうです。

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