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枠の外の物語(6)。

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この記事を書くきっかけとなったのは、先月8日に放映された新日曜美術館『カメラが私の日記帳 写真家・飛彈野数右衛門』を観たことでした。番組の冒頭、飛彈野さん自ら次のように語っていました。「東川町の写真なら撮るけれど、他所の町へ行ってね、で、良い花咲いてるから綺麗だな…..と思っても撮らない(笑)。

ここで生まれて、ここで育って95年ですよね。だから写真1枚でも、町内の人に広く見てもらってさ、「ははぁ、これはあそこで写した写真だな」「これはここんとこで写した写真だな」、そう判ってもらえる写真を写したい、と。」

これを受けて写真家の立木義浩さんは、次のようにコメントしていました。

「(飛彈野さんは)アマチュア・カメラマンで始まったんだけど、東川村のためにいろいろ撮ってるうちに、プロになって行くんだよね。あの人柄で写真を撮らせてもらってる。たいてい、腕で撮ったりね、才能を発揮したりする場合ってのはさ、あとで観るとクサく感じるものなんだよ。それが、どの写真もそれほどクサく感じないのは、才もあるんだけど、徳もある、人間的な内容ってモノが付いて来てるからなんだよ。」

さらに、番組に出演していた写真家の勇崎哲史さんは、次のようにコメントしていました。

「写したものを写された人に返すことが、飛彈野さんの写真行為だった。写真には「奪う写真」と「返す写真」があると思う。「奪う写真」とは、ハンターのように銃を構え、その一瞬をレンズでねじ伏せる、謂わば傑作写真志向。一方で飛彈野さんの写真は、撮った人に返す気持ちで撮っている。撮った人に喜んでもらえることが、飛彈野さんにとっての「写真する喜び」だった。」

ここまで来ると、なんだか道徳のお題目を聞かされている気分になるかも知れません(笑)。特に勇崎さんが柔和な口調で話した「奪う写真」という一言には、森山さんの安易なエピゴーネン(模倣者)に対する、柔らかな、しかし痛烈な批判が込められているように私には思えました。

「奪う写真」と「返す写真」という二項対立は、私には俄に受け容れ難いものでした。シャッターを切り、フィルムに刻印すること自体、形はどうあれ「奪う行為」に他ならないだろうと思っているからです。

そこに「徳」を云々されては敵わない、その「徳」のおかげで、写真が平板になることがだってあるだろう…..ただ、「敵わない」という具合に、感情的あるいは生理的な異和感を覚えても、「なぜそのように感じてしまう私なのか?」について、理路整然と腑に落ちる説明は出来そうもありませんでした。

それが「徳」のまぶしさなのかも知れません。つまり私は、「奪う写真」と「返す写真」の二項対立に拗ねたくなる一方で、私自身の「写真する喜び」も、どこかで飛彈野さんのような「返す写真」に着地したがっているようなのです。なぜなら、これまでに私自身が撮ったものは、他人に対してはともかくも、私には何かを返してくれているからでした。

(つづく)

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