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1962年の接点。

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以前にも書いたことがあるのですが、好みの著名人の間に、直接であれ間接であれ、何らかの接点が有ったことが判ると、それだけで、なんだかとても幸せな心地になります。もちろん、「著名人」というカテゴリーが、自ずと両者の邂逅を演出するのでしょうが、それでも一般の我々から見たとき、その接点は、私の頬を緩ませるのに充分な力を持っているのです(笑)。

このブログで、過去に言及した「接点」は次の通りです。

「通過者の視点。」続 過去を訪ねる。」:宮本常一と森山さん
「接点。」:東松照明と安部公房

また、ずいぶん以前のことになりますが、昔TBSで放映されていた『Ryu’s Bar 気ままにいい夜』のなかで、アカデミー賞を受賞した直後、教授が優作さんに声をかけられ、ひどく羨ましがられたと語っていたことがありました。また最近刊行された教授の自叙伝『音楽は自由にする』(新潮社)の中で、教授が高校生の時、安部公房が講演にやってきて、その話しがとても興味深く、面白かったと書いてありました。正直、ホッとしました(笑)。

また、森山さんの著作の中にも、安部公房の『箱男』に触れた記述がありました。もちろん、「触れた」だけでしたから、安部公房に対して、森山さんがどのような思いを抱いているのかは判りませんが…..。いずれにしても、こんな具合に「接点」を知ることは、どこかしら楽しみのひとつでもあります(笑)。

さて、過日のETV特集では、森山さんが井上青龍と小島一郎に思いを馳せる場面がありました。「僕は井上さんから路上写真家としてのバトンを引き継いだと、勝手に思っている」と森山さんが口にするとき、それは「精神のリレー」を語った埴谷雄高と高橋和巳の関係を思い起こさせます。

井上青龍の『IRRESISTIBLE STEPS 1956-1988』(蒼穹舎)の巻末にも、淡々とした語り口の中に、井上さんへの熱い思いを感じさせずにはおかない、森山さんの美しい文章があります。教えに対して敬虔でありながら、決してその教えに埋もれることのない求道者を思います。

その井上青龍と小島一郎が邂逅していたことを、つい最近、こちらのブログで知りました 『小島一郎写真集成』と、エマニュエル・リヴァによる『HIROSHIMA 1958』を刊行しているインスクリプトさんのブログです。

このツーショット、思わず身震いしてしまうほど、私にとっては感動的でした。作風も対象も全く異なる位置にいた二人は、いったい何を語り、何を共有したのでしょう。そしてその二人からバトンを引き継いだ森山さんは……。撮られた事象を超え、しかし撮られた事象でしか有り得ない、「写真の中のヒューマニズム」とは何なのか、問い続けざるを得ない心地なのです。

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1962年の接点。 from memoranda
pingback from memoranda - 続 続 完成。 11-02-12 (Sat) 23:04

[...] 番組では、そのタイトルのとおり、誰にも真似できない小島の暗室作業にスポットが当てられていました。ストレート焼きでは白く飛んでいるとしか思えない空。そこにタップリと時間をかけて焼き込みを重ね、白く隠れていた雲の陰影を引き出すのです。当時の印画紙ですから、銀の含有量も今とは比べものにならないほど豊かだったのでしょう。明らかに形容矛盾ですが、その艶やかな渋さには心惹かれて仕方ありません。私も大好きな写真家の一人です(参考記事:「遺る写真」「1962年の接点」)。 [...]

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