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1,000(6)。

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さて、野球についてあれこれ綴ることが、この連載の趣旨ではありませんでした。実はこのmemoranda、先月末で丸4年を終え、2月から5年目に入りました。そして、1週間前の木曜日…..つまり「1,000(1)」が、ちょうど1,000本目の記事となりました。2005年2月に始めたときには、想像さえしなかった数字に辿り着いてしまったのでした。

もちろん、イチロー選手のヒット1,000本と、私の記事1,000本とを同列に扱うつもりなど毛頭ありません。その証拠に、イチロー選手の1,000本は、打席数を母数に燦然と輝きを放つ「分子」としての「1,000本」であり、それに対して私の1,000本は、徒に増え続ける「分母」でしか無いからです(苦笑)。

しかし、イチロー選手の年間安打数を、私は一方的に励みにしてきたようなのです。「ほぼ平日ブロガー」として、一日に一本の記事を書いていると、月間約20本になります。これを12ヶ月続けると、年間の記事数は約240本。このラインをコンスタントに守り続けても、「1,000」という数字に届くには、丸4年では足りず、どうしても5年はかかる計算になります。無味無臭の「時間」が、生々しい「物量」を伴って、私の前に現れてくるようです。

もちろん、適当に書いてしまった記事も多いのですが、それでも結果的にこれだけの本数が積み上がったことに、正直、驚き、そしてちょっぴり、素直に喜んでいるのです(嬉)。ただ、この先さらに「1,000」という数字を積み上げようとすれば、どれほど頑張っても5年はかかるのかぁ…..と、遠い目をしたりするのでした。

memorandaを始めた最初の1〜2年は、とにかく「続けること」を課していたように思います。それが3年目を過ぎたあたりから、「続けること」の価値は相対的に低くなっていました。それでも客観的には、平日に1本、淡々と記事が更新されているに過ぎないのですが、私の中の思いとしては、「続けること」よりも、「書き遺すこと」に比重が移ったようなのです。

その結果、第三者には全く意味の無い身辺雑記や思い出話の散文ばかりが並ぶことになりました。そこには読み手に資する情報もなければ、「世の中」に向き合おうとする「社会性」のカケラもありません(苦笑)。

(つづく)

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Comments:2

散歩道 09-02-12 (Thu) 21:59

■marmotbabyさん、
身辺雑記や思い出話の散文であっても、楽しみに訪問し、楽しく拝読する毎日です。
おめでとうございます。
やはり継続は大きな価値を生みますよね。

mb 09-02-13 (Fri) 20:21

散歩道さん、いつもコメント頂き、ありがとうございます。
ほとんど惰性と言って間違いなく、「価値云々」はまったく疑問なのですが、「続けること」よりも「遺すこと」に急き立てられているようです。第三者には(あるいは身内にとってさえ)薄気味悪い「自意識過剰」と「自己陶酔」の披瀝にしかなっていないかも知れないのですが、「昔々、こんなことがありましたとさ」の要領で、私的な昔話を遺したがっているようなのです。
めでたし!!

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