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1,000(4)。

  • February 9th, 2009 (Mon) 19:24
  • 昔話

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前後のいきさつは忘れてしまいましたが、とにかく小学校へ上がってほどなくした頃、私は父に「バットが欲しい」とねだっていました。しかし、戦中・戦後の貧しい時代に幼年期を過ごした父にとって、「バットが欲しい」という私の依頼は、既製品を買い与えることを意味しませんでした。

私が野球に関心を示したことが嬉しかったのか、父は「よっしゃ!!」と言ったなり、夕暮れ迫る時間帯でありながら、当然のごとく裏山に分け入って、手頃な太さの木を伐採してきてくれました。そして比較的ゆがみの無い箇所を鋸で切り出し、小刀を器用に使ってグリップを作り、果てはヘッドの部分にカタカナで苗字まで刻んでくれたのでした。

それが出来上がったときの父の得意気な顔を、ボンヤリと憶えています。ただ、肝心の私自身がどのように反応したのか、まるで憶えていません。どこまでも既製品が良いと猛抗議したのか、それとも「喜んだフリ」くらいは出来たのか、はたまた、心底から喜んでいたのか…..。

ただ、ハッキリしていることがあります。そのバットを持ち出して遊びに行くと、まず間違いなく馬鹿にされたのでした。手製のバットを持っている子どもなど、ただのひとりも居なかったからです。そしてますます、私は野球が嫌いになりました。まさか自分の作ったバットのおかげで、息子が野球嫌いになったなどと、父は夢にも思っていないことでしょう。

ただ、小学生とは言え、友達づきあいがありますから、皆が野球をやろうと言うときには、心の底で不承不承に付いて行きます。そのとき、父の手製のバットを持ち出しても、実際にはそれを傍らに放り出し、友達のバットを借りてばかりいたのでした。

そんな父の手製のバットですが、度重なる引っ越しのどさくさにも関わらず、それがきっかけで無くなることはありませんでした。どういうわけか、玄関の靴箱の脇か傘立ての中、あるいは物置に放り込んであるのでした。しかし、そう言えばここ数年、見ていないような気がします。有るとすれば実家を探す意外にないのですが、もしかすると、とっくの昔に捨ててしまったのかな…..。

にわかにその行方が気になり始めました。私にとって野球との関わりを決めてしまったバットですが、よくよく考えれば世界にひとつしかないわけです。経過した時間のおかげで、当時の苦り切った思い出も、いまは切なくほろ苦い思い出にまで和らいでくれました。この春、帰省することがあれば、すこし探してみようかと…..。

(つづく)

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