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祖父の妹(5)。

  • January 23rd, 2009 (Fri) 18:05
  • 家族

2008Krsk023

両親は、私に知らせることを控えたようでした。知らせれば、無理にも都合を付けて戻ってくるに違いない。戻るには、雪に覆われた山間部の高速道路を抜けねばならぬ。その危険を冒させるべきではないと考えたのでしょう。私ひとりが事故に遭うならともかくも、カミさんや子どもを巻き添えにすることはまかりならん、と。

慌てて実家に電話を入れると、案の定、父はそう言い訳しました。不思議と、腹は立ちませんでした。この期に及んで、父に要らざるストレスをかけるべきでは無いという判断が、私の中にありました。なにより落ち込んでいるのは、他の誰でもなく、父に違いなかろうと思ったのです。

それにしても、知らなかったこととは言え、これほど暖かい思い出を遺してくれた大叔母に対して、その葬儀にも参列せず、ずいぶん薄情なことをしてしまったと悔いています。ここにこうして書くことが、せめてもの供養になればと思うのです。

ただ、正直に言うと、なんだか未だに実感が湧かないのです。ふと電話でもかかってきて「余計なことを書くんじゃない」と、笑いながら叱られそうな気がします。叱られれば「私の気持ちを鎮めるための、私の都合で勝手にしていることです」と、こちらも苦笑いしながら答えるしかありません。できることなら、そう答える機会を与えて欲しい。

大叔母の遺骨は、納骨を済ませるまでの間、遠方に暮らす息子夫婦に引き取られることになったそうです。この先、しばらくの間、あの長閑な丘に建つ百姓家は空き家になります。これもまた、寂しいことです。息子さんの立場になれば、食べるために実家を離れて暮らさざるを得ず、辛い決断だったに違いありません。こうしていま、大叔母は何の縁もゆかりもない土地に、息子夫婦と居るわけです。

電話口で、私は父とひとしきり、大叔母の思い出を話しました。それは愉快なものばかりでした。しかし、父は時折、「順番だな」という意味のことをつぶやきました。そんな父に、私は慄然とせざるを得なかったのでした。

(了)

2008Krsk025

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