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祖父の妹(2)。

  • January 20th, 2009 (Tue) 20:55
  • 家族

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私の祖母、私の母、そして私の妻など、他家から嫁入りした者を除けば、この大叔母は我が家の血をひく唯一の女性でした。父はひとりっ子ですし、私は男兄弟しかありません。私の子どもは男の子がひとりです。私はいつも思っていました。我が家に女性が生まれたら、おおかたこんな気質に出来上がるに違いない、と。

それは「確信」というよりも、「願望」だったかもしれません。

まったく手前味噌にしかなりませんが、大叔母はいつも飄々としていて、モノに拘るところがありません。好奇心は人並み外れて旺盛なのですが、出しゃばったところは微塵もなく、いつの間にかこなしていたといったふうなのです。そう言えば、ずいぶん若い頃からつい最近まで、原付を乗り回していたはずです。

おしゃべりではありません。むしろ徹底した「作為なき聞き役」でした。そうしてただ聞いているだけの大叔母が、不思議とその場を和ませるのです。それはもう「人徳」としか言いようのないものでした。「どうにかなるわね」と言うクセに、それだけでは相手にすまぬと思うのか、いつも慌てて何かしら言葉を足してくるのですが、その調子があまりに可笑しくて、そこに居合わせた誰にも暖かいものを残してくれるのでした。

その人生について、大叔母本人から直に話しを聞いたことはありません。日常的な交際があったわけではありませんから、私が知る若かりし頃の大叔母の話は、いずれも断片的なものです。そしてその語り手は、私の父なのでした。

戦時中、他所へ働きに出ていた大叔母は、そこで空襲に遭い、焼け出されて戻って来たそうです。私の実家の前には、車一台がやっと通れるほどの坂道があるのですが、ある日、着の身着のままの大叔母が「やられたぁ〜」と言って戻って来たそうです。その時の光景を、父は未だに憶えていると言います。

その後、結婚した相手は、新婚後まもなく応召し、そのまま戦地で帰らぬ人となりました。子どもが無かった大叔母は、戦後になって、当時まだ独身であったその人の兄と再婚しました。いまでは考えにくいことですが、他の何よりも家を継ぐことを重んじた、当時の規範がそうさせたのでしょう。タダの百姓に過ぎない我が家にも、そんな規範は浸透していたようです。

(つづく)

2008Krsk069

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