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祖父の妹(1)。

  • January 19th, 2009 (Mon) 19:46
  • 家族

2008Krsk019

父方の祖父の妹、私にとって大叔母(おおおば)にあたる方が、先週、冥府へと旅立ちました。満88歳、享年90歳ということですから、大往生には違いありませんが、なんとも寂しくてなりません。伝え聞くところでは、前日まで、ごく普通に会話ができていたそうです。深夜に容態が急変し、翌朝に旅立ったということでした。

この正月に帰省した折り、体調を崩して入院していることを知りました。「いちど見舞いに行ったほうが良いのではないか」と父とも話したのですが、却って負担をかけたり、抵抗力の弱っているところへ雑菌を持ち込むわけにも行くまいという判断もあり、見送っていたのでした。その判断は正しかろうとも、悔やまれてなりません。

大叔母の亡くなった翌日は、奇しくも20年前に他界した祖父の100回目の誕生日でした。祖父には、自分を間に挟んで上に2人、下に2人の姉妹がありました。なかでも祖父とこの大叔母とは仲が良かったようで、干支がひとまわり違う妹を、祖父はとても可愛がっていたそうです。これでとうとう、祖父のきょうだいは、すべて亡くなってしまいました。

私がこの大叔母を、「祖父の妹」として理解できるようになったのは、私が成人し、その後、祖父が亡くなったあとのことでした。核家族で実家を離れて暮らしていた私にとって、たまさかの法事で会う身内は、いずれも限りなく「他人」に過ぎなかったのです。

私たちに対するとき、両親はこの大叔母を「○○のおばさん」と呼んでいました。私はてっきり、この大叔母の名字が「○○」なのだろうと思っていましたが、実はその大叔母の嫁ぎ先の字(あざ)なのでした。名字でさえそんな具合ですから、下の名前に至っては、まるで想像の外でした。ようやくフルネームを覚えたのは、祖父の三回忌の頃だったでしょうか。

私はこの大叔母が大好きでした。祖父亡き後、私の実家の昔のこと、祖父が子どもだった頃のこと、私の曾祖父母のこと、また、両親も知らないこの土地の習俗や口伝を教えてくれる者は、この大叔母をおいて他にありませんでした。なによりその面立ちに、祖父を思わせる何かがありました。

大叔母は実家のある隣の市に嫁いでいました。ですから、頻繁に会うことはできませんでしたが、それでも法事や盆暮れ・彼岸の墓参の折りにはちょくちょく足を運んでくれ、半日ばかり滞在して、いろんな話を聞かせてくれたのでした。「次は無いかもしれないから」が口癖でした。

(つづく)

2008Krsk020

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