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「第二部」。

2008Nabari013

筑紫哲也さんが亡くなりました。昨年の降板以降も、重要なニュースのさいには、電話出演されることがよくありました。それだけに、今回の米国大統領選挙について一言も声が聞けないことが気になっていたのですが…..。まるで、その日を見届けるかのように逝かれました。本当に残念です。

昨日の番組冒頭、NEWS23開始当時を含め、懐かしい映像が放映されました。いつ見ても若々しいと思っていた筑紫さんでしたが、こうして時間を圧縮してみていると、やはり年齢を重ねておられたんだな、と思いました。

NEWS23が始まったのは、私の学生時代と見事に重なります。前番組の『情報デスクToday』が好きだった私は、当時のコメンテーター、秋元秀雄さんを継ぐかたちでNEWS23が始まったことを歓迎していました。

ですから、NEWS23のなかでも、とりわけ楽しみにしていたのは「第二部」でした。「第二部」の存在こそ、凡百の報道番組とは一線を画した「NEWS23の存在理由」がありました。それはとりもなおさず、筑紫さんのカラーそのものであったとも言えます。

青二才の陥りがちな混沌とした厭世気分に、想像と思考への整然とした手がかりを与えてくれたり、六畳一間の下宿に籠もりがちだった私に、社会や文化への接点を提供しつづけてくれたものは、間違いなくNEWS23であり、その「第二部」だったのです。

いまとなっては、私的なこじつけ以外のなにものでもありませんが、私が1997年に就職した半年後、番組改編によって「第二部」は消滅してしまいました。就職によって厭世気分に浸れる時間が乏しくなると同時に、その厭世気分を充実させてくれていた「第二部」が無くなってしまったのです。

思えばそのときを境として、NEWS23自体も、決して良いとは言えない方向に変質していった気がします。相変わらず観続けてはいましたが、かつてのように、何事かを喚起させられることが、極端に少なくなったのです。視覚効果を多用した、余計な演出が鼻につくように感じられたのも、ミレニアムを挟んで以降のことかと思います。

もちろん、これは独り筑紫さんの責任であろうはずもなく、「番組制作」という力学の中で、やむを得ず採られた戦略の結果なのだろうと思います。しかし、社会のなかの声なき声を拾い上げ、少数派の視点から増幅し、それをクリアに提示し続けていたはずのNEWS23が、他局のニュースショーとさして変わらぬ体たらくになっていたことに、私はどうにも不満が募っていたのでした。そしてその原因は、NEWS23に居座り続けている筑紫さん自体にあるのではないか、と思ったことさえあります。

筑紫さんの訃報に接して、そんな私の感じ方が、どこかしら愛憎相半ばするものであったことに気付かされます。やはり私は、「第二部」の筑紫さんが、好きで好きで仕方なかったのかもしれません。

それにしても、癌というものは、まったく相手かまわず、なんと傍若無人で、情け容赦のないものなのでしょう…..。

謹んでご冥福をお祈り申し上げます。

2008Nabari010

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