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赤錆びた光景(9)。

2007Yskn058

ここで森山さんとの出会いのことを、長々と書くことは致しません。そうでなくとも、私の文体には「夜中に書いたラブレター」的なトーンが付きまとっています(そうです。その自覚は、過ぎるほど充分に有るのでした)。ましてや、森山さんのこととなれば、甘美な片想いの自家中毒に陥って、きっと身動きできなくなることでしょう。

(森山さんへの言及は多々あれど、森山さんへの「思い」を書くことは、かなり意識的に禁欲しています。否、「禁欲」と言うよりも、「(書いてみたいけど)書けそうにない」と言った方が正確です。唯一の例外は、このブログを始めた頃に書いた「光画」という記事(こちら)でしょうか。)

いずれにしても、その後の私は、森山さんを軸に措いて、VIVOを識り、PROVOKEを識り、深瀬昌久さんや荒木経惟さんを識り、その前後に連なる日本の写真史を眺めるようになったのでした。

山岸章二さんを識り、西井一夫さんを識り、「編集」というお仕事に眼を向けるようになったのも、また写真集を購入するときに、もっぱら大田通貴さん主催の「蒼穹舎」にお願いしているのも、謂わば森山さんを軸に措いた必然がもたらしてくれたものでした。

当然、その志向は機械にも向かいます。何故、私がGR1vを手にするようになったのか。GR21を手に入れたいと思いながらも、その物欲を押さえていられるのはなぜなのか。何故、Polaroid SLR690ではなくソナー付のPolasonic AutoFocus Model2で我慢できるのか。また何故、Pen Wではなく、Pen S3.5で満足しているのか。そしてOM-1(BK)ではなく、OM-2(BK)で喜んでいるのは何故なのか(いずれも、値段のことはともかくとして)。

「機械は何でも良い」という森山さんの言葉を、「近い機種ならなんでも良い」と、私なりに勝手に翻訳しているのでした(苦笑)。

「写真集を買うのだ」と自覚して手に入れた、生まれて初めての1冊は、当時刊行されたばかりの森山さんの『Shinjuku』でした。以来、森山さん自身が多作なことや、私自身の「コレクター的性根」も手伝って、概ね、森山さんの作品は手に入れなければ気が済まなくなっています。

このブログを始めたのは、2005年の2月からですが、最初の1年に掲載した写真(その多くは、事故によって消えたままです。詳しくはこちら。)は、大半がカラーネガ、もしくはポジからのモノクロ化です。それしかストックが無かったことも理由ですが、森山さんのことを識ってからも、しばらくの間は、カラーで撮って、モノクロで掲載するほうが、「一粒で二度美味しい」と思っていたのでした。

ところがいまや、撮ることも、そして購う写真集も、ほぼ100%、モノクロばかりになっています。直接には、安価なAgfa Vista100や400、そしてPrecisa100が手に入らなくなったからですが、いまや何ら疑問をもつことなく、モノクロ一辺倒になっています。

しかしここ最近、そんな私の写真生活が、誰に強いられているわけでもないのに、どこかしら頭打ちの様相を呈しているのでした。

(つづく)

2007Yskn051

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