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艶やかな幻覚(7)。

  • July 22nd, 2008 (Tue) 19:12
  • 昔話

2007Smz072

「ここ数日の様子を、担当のお医者様に訊ねてくる」と言って、両親は病室を出て行きました。後に残った私は、祖母の枕元に寄り添いました。補聴器を入れていない祖母は、ほとんど、こちらの言うことを聴き取れません。自ずと、耳元に口を近づけて話しをするのですが、それでさえ、聴き取りにくいようでした。

寝たきりの状態でしたが、祖母の表情は穏やかでした。そして時折、二言三言、喋るのですが、その一言一言は、気味が悪いくらいに暗示的なのでした。曰く、「あともう少しじゃなぁ…..」とか、「もう充分じゃが…..」とか、「お祖父さん、お祖母さんを大切にして下さい」とか、「ありがてぇことよな」とか。

これほど認知症が進んでいながら、置かれた状況については何もかも判っているといった風情です。にもかかわらず、傍らで話しかけているのが孫の私なのだと認識できる瞬間もあれば、その認識がフッと消えてしまうこともあるようでした。ですから、私に話しかけてくる祖母の一言一言は、およそ正常な会話には成り得ないものでした。

嫁入り前の祖母の実家の関係者の名前が出てくることもありました。多くはその消息を尋ねるものでした。平生の祖母との会話の中では、およそ聞いたこともない名前が出てくるので、私はいささか戸惑いましたが、あとで両親に訊いたところ、その多くは既に故人となっている人ばかりでした。なかには、祖母の妹やその配偶者の名前もありました。

父から言われていたことは、とにかく祖母の言うことを否定したり、無理に正そうとしたりせず、すべて肯って答えよと言うことでした。これはなかなか骨の折れることでした。故人の消息について、それが私の知っている人の場合、やむを得ず、何年も前に亡くなっていることを正直に告げるのですが、そのたびに祖母は、一瞬、驚いてみせるものの、得心したように黙るのでした。

寝たきりの状態でありながらも、どこかしら、祖母は満たされた表情をしていました。そうして祖母と話しをしている間中、私は祖母の腕をさすっていたのでした。

(つづく)

2007Smz075

Comments:2

hiro 08-07-23 (Wed) 9:36

「すべて肯って答えよ」って難しいですよね…普段の自宅での生活で、
できればそうありたいのですが…。

今回はあの女性が誰なのか教えて貰えるのか貰えないのか…、
小説のように手元にはないので読む進むことはできず、更新を待つのみです。
暑いおり、くれぐれも体調を壊されぬよう(更新が滞らぬよう…なんて冗談です)。

mb 08-07-23 (Wed) 19:55

hiroさん、こんばんは。いつも訪ねて下さって、ありがとうございます。
こんなことをつらつらと書きながらも、遠方に暮らしている私はいい気なものだと思っています。祖母の身近にいる両親の困惑と動揺は、どれほど想像をめぐらせても、辿り着けるところにありません。そうした苦しみの中から出た父なりの答えが「すべて肯う態度」だったようです。
すみません、すっかり気を持たせてしまいましたが、彼女のことには、何のオチも無く、あのときに感覚した幻像でしかないのです。ただ、できることなら、もういちど再会して、今度はゆっくりと顔を見せてもらいたいと思っているのです。もっとも、そのときは、私が病院のベッドに横たわっているのかも知れません。
暑い日が続きます。hiroさんも、くれぐれもご自愛下さい。

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