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ドバイとパチンコ(6)。

  • June 10th, 2008 (Tue) 18:28
  • 思惟

Tamashima001

なにもそこまで穿って考えるほどのことは無かったのかも知れません。番組が伝えるメッセージを、もっと素直に、もっと虚心に、そして字義通りに鵜呑みにすべきだったのかも知れません。秘境探検のバラエティと同列に眺めたって、どこから苦情が出る筋合いのものでもありますまい。

なにより手持ちの知識が乏しいわけですから、どれほど裏読みしようにも、それは幼稚で稚拙でお粗末です。ただ、あの番組を観て、私の中に去来した感慨は、およそ一貫性のある、ひとりの人間によるものではありませんでした。

端的に、羨ましいとも思いました。しかし、巨額な財産に付きもののリスクと気苦労のことも思いました。「長続きするはずがない」というナレーションに首肯しながらも、それは「長続きして欲しくない」という、私自身の期待の現れでもありました。ささやかな、庶民の呪詛。

「No.1しか意味がない」という、国王や企業トップの言葉には、「未だにそんな価値観を生きているのか…..」と、妙に見下した心持ちにもなりました。私自身、バブルの恩恵に浴したわけでもなく、地獄を見たわけでもなく、まるで無関係に素通りされただけなのに、そこだけは妙にバブル経験者の顔をしたがるのでした。

また、「No.1」に反発を覚えたからといって、「『世界にひとつだけの花』を聴かせたい!!」とか、「No.1よりもOnly Oneなのだ!!」と憤るつもりは、これっぽっちも無いのでした。あの曲の作り手や歌い手に、なんの恨みもありませんが、どうにも虫唾が走るのです。

まともなことをしていて、あそこまで巨万の富を得られるはずが無い、とも思いました。誠実と堅実と慎ましさは、富豪や成金やセレブのものではなく、給与所得者の専売特許であると言わんばかりです。そのくせ、身の丈に合ったマネーゲームなら、いままで家計を切り崩して賄っていたフィルム代くらい、楽に稼げるかも知れぬ、などと思ったりもしました。

そんな具合に、幾筋にも輻輳する私自身の思いを括り出し、まるで他人事のように眺めてみました。そうして、ふと思ったのです。我が家の経済は、あのドバイの巨大建築物と、まったく無関係なのだろうか…..と。

(つづく)

Yunotsu038

…..てなことを、昨夜、書いていたような気がします。にゃろ。

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