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続 影絵。

  • May 9th, 2008 (Fri) 23:01
  • 昔話

2007Ishiyama076

後年、藤城清治の影絵が大好きになったのも、このときに観た学生さんの手による『杜子春』が原点なのです(余談ですが、「藤城清治」と言えば、私にとっては一も二も無く「樋屋奇応丸のCM」なのですが…….(苦笑))。

ただ、人間の記憶とは好い加減なもので、そのときの杜子春や仙人、閻魔大王の人形が、いったいぜんたい、どんな顔をしていたのか、そのディテールとなると、まるで思い出せないのです。

はっきり憶えているのは、開演前に大学生のお姉さんがにこやかに登場し、朗らかな口調で前口上を述べたこと、みんなに「とししゅーん!!」と声をかけるよう促したこと、暗がりの階段教室で、目の前に展開する影絵から目が離せなくなったこと、「お母さん!!」と杜子春が声をあげた場面で泣きそうになったこと、それが夢だったと判ってホッとしたこと…..でしょうか。

文字にしてしまえば、たったそれだけの、味も素っ気もない「光景」は、まるでどこまでもとらえどころの無い、ピンぼけのスナップ写真のようです。

前口上を述べたお姉さんの顔は、もとより憶えていません。教室がどれくらいの広さだったのか、お客はどれほど入っていたのか、私はどのあたりに座っていたのか、スクリーンの大きさはどれくらいだったのか、なにひとつ説明することができません。下手をすると、私の記憶にある光景は、その教室全体を俯瞰しているのでした。

放っておけば雲散霧消していたはずの「光景」を、私は「文字」によって記憶に繋ぎとめていたのかもしれません。つまり、「幼稚園の頃、近くの大学のお祭りで、『杜子春』という影絵を観た」という「文章」によって…..。

言葉が映像に先行するのか、映像が言葉に先行するのか、あるいはそのどちらでもあり得るのか、私には良く判りません。しかし、はなはだ不鮮明でしかない記憶のなかの一場面は、いまだに強烈な光景として私の頭の中に残り続けているのです。

学生のサークルの…..謂わば素人の手による『杜子春』を……そして、記憶の光景には何ひとつディテールが現れてくれない影絵の『杜子春』を、私は他のどんな職業作家による影絵よりも、美しいと思っているのでした。

(了)

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