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続 賃貸と分譲。

  • April 3rd, 2008 (Thu) 19:41
  • 思惟

2007Ishiyama005

がらんとした室内は、まるでとりつく島が無く、床に腰を降ろすこともためらわれるほどでした。そして、どこにもハウスクリーニングの必要を認めることはできませんでした。それくらい、掃除が行き届いていて、ホコリひとつ、落ちていなかったのです。

朝方、鍵を預かった折りに引き合わされた以前の住人は、私よりも年かさだろうと思えました。しかし、10歳も違わないだろうと思いました。引越の疲れがにじむ表情でしたが、誠実そうな方でした。私は型通りの挨拶を交わしただけで、そのまま鍵を預かり、こちらに向かってしまったのでした。

何もない室内に、ひとつだけ、赤い長方形の缶がありました。そのうえに、弟への伝言を記した小さなメモが一枚、置いてありました。さしたる悪気もなく、ふと手にとって読んでいました。

前段は、照明やエアコンのリモコンを、電池を入れたまま各室内に置いていることが書かれていました。中段は、クローゼットの説明でした。奥さんの希望で、一風変わった作りを施したらしく、その注意書きがしたためられていました。

後段を読んで、私は思わず、深い息をついていました。そこには、この部屋を大切に使って欲しいこと、前の住人である私たち家族の思い出がいっぱい詰まっていること、できることなら、これを縁に、あなたと暑中見舞いや年賀状のやりとりをさせてもらえないだろうか、といったことが綴られていました。

それはとても小さなメモでした。字の大きさも至極普通でした。そして、彼の未練を押しつけるような調子は微塵もありませんでした。

生活の痕跡がカケラも見えない室内で、いましがた出会って別れたばかりの、以前の住人の顔を思い浮かべていました。引越疲れだろうと判断した彼の顔が、急に寂しげな表情に変わって行くのでした。

(つづく)

2007Ishiyama004

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