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続 続 続 続 賃貸と分譲。

  • April 8th, 2008 (Tue) 20:23
  • 思惟

2007Ishiyama012

根拠のない「予断」や「偏見」や「感覚」で、都会人(=分譲マンション住人)に背伸びしようとする、典型的な田舎者を演じるところだったのです(苦笑)。もちろん、友人が示してくれた賃貸と分譲の違いも、そのコントラストを際だたせるための方便であり、それぞれを十把一絡げにしようというものではありません。

現に、「仮住まい」でしか有り得ない団地の借家に暮らす私だって、同じ棟の住人とは仲良くしていたいですし、いまの空間にも愛着を持っているのです。ただ、ある種の傾向として、分譲には、そこに暮らす人々の思いが込められやすいだろうな……ということは、充分に腑に落ちて響くことでした。

今回、弟の引越で偶然に出会った前の住人…..彼の「思い」に触れ、規格品の整理棚にしか見えなかったコンクリートにも、そのひとつひとつに「生活」があり、血の通う生身の人間たちが、家族の物語を暖かく紡いでいる…….、よくよく考えれば当たり前のその事実が、はじめて具体的な対象を伴って、私の前に現れてくれたのでした。

もちろん、そのこととは全く別に、これほど地方にマンションが建ち並ぶことへの異和感も、拭うことができないのです。耐用年数はともかくも、いちど出来上がってしまった巨大な構造物は、よほど意図的に、そしてお金をかけて壊すことをしなければ、そこに100年、有りつづけるような気がします。

いまの時代を生きる人間が、いまを生きつづけるために、死んだ後には負債にしかならないものを、せっせと造り続けている……。逆に言えば、いまの私たちが糊口をしのいでいくためには、100年後に粗大ゴミになると判りきっているものを、「技術の進歩」とやらの手を借りて、休むことなく造り続けなければならないのかもしれません。

もしかすると、「100年後の粗大ゴミなら、まだ良いではないか」という見方もできるかもしれません。いまの私の仕事が、「来年の粗大ゴミ」どころか、「明日の粗大ゴミ」をつくる仕事では無いことを祈るばかりです。

(了)

2007Ishiyama013

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