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続 余所者。

  • April 14th, 2008 (Mon) 20:29
  • 昔話

2007Ishiyama022

軒を連ねるお店に多少の異同はあれど、道がすげかえられていたり、更地になっていたりすることもなく、その佇まいは、さほど昔と変わるものではありませんでした。ただ、幼い頃に感覚していた広がりや奥行きが、いまや中年となった私の視線に合ってくれるはずもなく、どこまで歩いても、そのズレは埋めようもないのでした。

界隈で最も大きな3階建てのスーパーも、往事のまま其処にありました。以前、「記憶をなぞる。」という記事に書いた場所です。望めばなんでもあるはずの、子どもの私には、まったく夢のような場所でした。

入口から食料品のフロアーに行く途中には、円盤状に回転するお菓子の台があったはずでした。きらびやかな包装紙にくるまれたお菓子たちが、種類ごとに仕切られていて、好きなものをよりどりみどりで袋詰めし、量に見合うお金を支払う仕組みでした。

私は「デパート」だとばかり思い込んでいたのです。しかし、今回訪ねて判ったのは、お世辞にも「デパート」とは言えず、「いささか品揃えの豊富なスーパー」に過ぎませんでした。天井はつかえそうに低く、薄暗い印象は拭えませんでした。

「こんなはずではなかった」という思いを抱えながら、再び通りを歩きはじめました。わずかな空を、さながら蜘蛛の巣のように遠慮なく覆う電線と、通りに面する古びたお店の佇まいだけは、往事のままそこにありました。

しかしその筋をほんのひとつふたつ奥に行けば、どこにそんな余地があったのか、にわかに信じがたいほど、巨大な高層マンションが林立しているのでした。そうして歩けば歩くほど、余所者の烙印を押された心地がするのでした。

商店街の目抜き通りをT字に交わる筋があります。その角には、いつも大判焼きの屋台が出ていたはずでした。とびきり甘ったるくておいしそうな匂いに、いつも心動いていたのですが、とうとういちども買うことはありませんでした。

その筋をさらに奥へ歩いた左手に、いつもはポルノ映画、学校が休みになると、子ども向けの映画を上映する映画館があるはずでした。たしか、親に連れられて(あるいは親を連れて)『さらば宇宙戦艦ヤマト』を観たのでした。

浸みついた煙草の匂いを消すためでしょうか、気の抜けたハッカ飴を融かしこんだような匂いに充ちた映画館でした。いまはすっかり更地になっていて、どうやら、マンション建設をめぐる小競り合いのアリーナのようでした。

書き出せば、キリがありません。たしかなことは、子ども心に見た光景が、いまや私の胸の中にしかなく、どれほど歩いても詮無いことだという「後悔」でした。

そして、「社会」というチューブから、否応なく私を押し出そうとする「時間」の圧力を感じるばかりなのでした。

懐かしい場所は、滅多に訪れるものではありません(苦笑)。

(了)

2007Ishiyama021

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