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任意と強制(13)。

  • February 19th, 2008 (Tue) 22:10
  • 思惟

2007Mi223

よくよく考えれば、iTunesのムービーレンタルに大騒ぎするほどのことはなく、オンデマンドで自由に番組が選べる時代は、とっくの昔に始まっていました。過去のドラマやアニメ、特撮モノの動画配信は言うまでもなく、YouTubeによる共有など、既に当たり前の光景です。

ただ、その光景を眼の当たりにしてもに、さほど私たちの「自由」や「可能性」が開かれた気がしないのです。ましてや「主体的」になれた気はサラサラしません。むしろ、過去の遺産に引きずり回され、ひたすら縮小再生産の片棒を担がされている気がするのです。

「自由に」あるいは「任意に」「選べる」という言い方は、なんだかとても奇妙な言い回しです。「自由」や「任意」を切り出せば、「本人の意のままに」ということでしょうが、「選べる」のほうは、実は常に一定の囲いを示しているように思えます。

「選ぶ」ためには、5つとか100個とか、一定の数の選択肢が必要です。その選択肢が幾つ有るかということ自体、事前の「範囲設定」に他ならないのに、数が多ければ多いほど「選択肢が増えた」と私は喜んでしまいます。

(もちろん、「無制限に選べる」という事態も無いわけではありません。ただ「どれでも良いよ」と言われると、かえって選べなくなってしまい、決めた端から後悔が襲ってくることは、誰しも経験済みかもしれません。たとえば、ファミレスで子どもにあてがわれるカゴ入りの玩具とか。)

もしかすると、「自由(任意)に選べる」ではなく、「選ばせられている」という言い方のほうが、より現実に近いのかも知れないなぁ……と思わずにいられないのです。

そして、誰しも薄々はそのことに気が付いていて、だからこそ、他の人と大差のないチョイスに、それと気付かず、走ってしまうのではないかと…..。

「選択の任意性」くらい、強いられた幻想は無いような気がするのです。

(つづく)

2007Mi222

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