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任意と強制(12)。

2007Mi216

その番組の放映後、およそ2週間経った頃にMacExpoがありました。私にとっての目玉はMacBook Airでした。しかしここ最近、既に各誌が取り上げたように、iTunesによるムービーレンタル開始の方が、よりショッキングな出来事だったのかもしれないと思うようになりました。

一昨日に報道された”HD DVD”と”Blu-Ray”という、次世代DVD規格の対立とその決着など、「iTunesによるムービーレンタル開始」の前には、ほとんど意味無く霞んでしまうもののように思えました。

パッケージされたディスクに、部屋のスペースを侵されなくて済むわけです。膨大な映像資料をアーカイブし、高速なデータ通信が可能で、強靱な耐久性を持つストレージがどこかにひとつ有りさえすれば、私たちは些少の対価を支払うだけで、その映像と邂逅できる……。

(四畳半の下宿に暮らしていた学生時代、私は冷蔵庫を持っていませんでした。近くにコンビニエンス・ストアがあったので、そこが私にとっての冷蔵庫だったのです。)

自社で放映したすべての番組をアーカイブし、オンデマンドで配信することを、NHKや民放各社がこぞって始めたら、いったいどうなるのでしょう……。作り手にとっては、わずかな投資で永久に対価の入る宝箱、無尽蔵の金の鉱脈にはならないのでしょうか……。

なにより、視聴者の動向が、放っておいてもデータになって行くわけですから、それを元手に「大多数の視聴者の観たいものしか作れないTV局」ができるかも知れません。

すくなくも、いま私たちが嬉々としてその「進歩」を愉しんでいる映像再生・録画機器は、もはや不要になるかも知れません。そもそも、そんなものがあること自体が「エコ」ではありませんから。

逆に言えば、オンデマンド配信が技術的に充分可能であるにもかかわらず、それでもなお、こうした機械の新製品が開発・販売されつづけていたとすれば、それは電気屋さんは作為的に、消費者は無意識に、揃ってとてつもない無駄を拵える共犯関係にあることを意味するのかも知れません。

「パッケージされたディスク」というプラスチック製品も、存在する意味を失うかもしれません。再生機器が無くなるのですから、ある意味、当然の成り行きかも……。

もちろん、その製造に携わっている業者さんには死活問題ですし、またモノとして所有すること自体に喜びを感じる私たちの性癖の「しぶとさ」も、侮りがたいモノがあります。しかしこれも、既にオンデマンド配信しか知らない世代が巡ってくれば、いずれ淘汰されるような気もします。

さて問題は、ことほど左様にオンデマンドで選べる「自由」に、果たしてどれほどの人が耐えられるのか、ということなのですが…..。

(つづく)

2007Mi218-1

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