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任意と強制(7)。

  • February 6th, 2008 (Wed) 22:36
  • 思惟

2007Mi186

VTRを再生し、それをひとりで観るという行為には、なんとも言えない孤絶感を感じます。同じ視聴行動でも、放送を受信する行為には「どこかで誰かが同じ番組を観ているはずだ」という無意識の確信を覚えます。

それが生放送ではなく、放送局発のVTRの再生に過ぎないと判っていても、「決してひとりぼっちではない」という幸福感に満たされるのです。だからこそ、30分のテレビショッピングであれ、深夜の名曲アルバム選であれ、点けっぱなしで見入ることができるのでした。

自分がここにこうして生きていると言うことを、点けっぱなしのテレビによって確認していたのかも知れません。決して私の前に生身の姿を現すことの無い「ここには居ないどこかの誰かたち」と緩やかに繋がっている無意識の確信が、当時の私を支えていたような気がします。

それだけに、崩御のニュース一色に染まっていたさなか、自らの意志でビデオを借り、それを観るという彼の行為が、私にはとても不可思議なものに…..そして少なからぬ嫉妬とともに…….思えたのでした。

つまり、私は羨ましかったのです。彼には間違いなく、私には無い「意志」と「主体性」がありました。崩御一色のテレビに対してハッキリと「つまらない」と断定し、自らその状況を変えるべく、行動を起こしたのでした。

翻って私自身はどうだったか…..。「昭和に思いを馳せる」だの、「戦争や祖父のことを思う」だの、意味づけだけはごたいそうに道徳的ですが、つまるところ、私自身に都合の良い疑似集団に身を委ねていたに過ぎないのでした。

(つづく)

2007Mi188

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