Home > 思惟 > 窮地。

窮地。

  • January 24th, 2008 (Thu) 22:36
  • 思惟

2007Mi167

「信念」とか「自分らしさ」などと言った窮屈なものには、できるだけ近寄らないようにしたいと思っています。もちろん、そのように考えること自体が、すでに「信念」の一形態ですから、自縄自縛も甚だしいのです(苦笑)。

内容はともかく、「考える」ことを始めた時点で、我と我が身を窮屈な地平=窮地に追いやっているのかもしれません。そういえば、人間は所詮、皮袋に閉じこめられた何かなのでした。

さて、「信念」であれ、また「信念らしきもの」であれ、わざわざ決意表明をするまでもなく、私の中には「確たる何か」がとても希薄なような気がしています。

その主体性の無さは、他人の強い主張を浴びたとき、その本領をいかんなく発揮します。「どう考えても、それは違うよね」とか、「絶対にこうじゃなきゃいけないと思うんだよ」とか、「あれじゃだめでしょ」といった類の言葉です。

茶飲み話に、あるいは立ち話で、はたまた仕事のあとの飲み会で、同僚からそうした言葉が発せられると、「なるほど、そんなものか。」とか「その通りだよなぁ…..。」と妙に得心してしまうのです。

そして、Aという同僚の主張と、Bという同僚の主張とが、実は真っ向から対立するものであったとしても、どちらの主張に対しても、心底から得心し、ずいぶんあとになってその矛盾に気が付いたりするのでした。

ひとつの問題に対して、自分の頭で考える力が無く、その価値の判断と決断ができにくい私は、要するに他人の強い主張に依存しながら、これまで動いてきたようです。いまさらながら、それが薄氷のうえを歩いていたらしいことに気付いた次第です。

三谷幸喜の『笑の大学』の主人公のように、理不尽な外圧をしっかりと受け止めて、さらにより良いものを生み出す才覚があれば良いのですが…..

はなはだ志は低いのですが、やはりこのさい、我と我が身を守るために、嘘でも「信念」を持ったほうが……あるいは、持っているフリくらいはできるようになったほうが良いのかも知れません。持とうが持つまいが、どのみち窮屈には違いないのですから(笑)。

2007Mi162

Comments:0

Comment Form
Remember personal info

Trackbacks:0

Trackback URL for this entry
http://memoranda.egoism.jp/blog/2008/01/%e7%aa%ae%e5%9c%b0%e3%80%82.html/trackback
Listed below are links to weblogs that reference
窮地。 from memoranda

Home > 思惟 > 窮地。

Spider
Recent Entries
Recent Comments
Archives
Categories
Now Playing
flickr Photostream
DSCF7851DSCF7849DSCF7848DSCF7846DSCF7844DSCF7840DSCF7839DSCF7853DSCF7833
TagClouds
Search
Feeds
Meta
Counter

Return to page top