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驟雨とレクイエム。

2006Dks053

私が暮らすこの土地では、雨と晴れの境目を眼にすることが良くあります。もともと雨の多い地方でもあるのですが、それは両岸を隔てる広大な河と、それを挟んで東西に走る山並みのせいでもあります。

河の北側は陽が差しているのに、南側の稜線から麓にかけて、煙るが如くみるみるうちに雨雲が呑み込んでゆきます。対岸の土砂降りを眺めていると、あたかも意志ある自然の所業のように思えます。

田植えが終わって、ひとつき近くが経っています。稲の育ちも順調で、緑が深さを増しています。不意の驟雨に襲われるその前後、鉛のような雨雲が天蓋を覆いつくしたその刹那、しかし稲の緑はなおいっそう、その輝きを増して行くように思えます。

たいていは通り雨ですから、すぐにあがってしまいます。そうして鈍色の空のもと、あたかもなにごとかをしたためるかの如く、風が緑の絨毯を吹き抜けてゆきます。

そうした風を感じるとき、私の頭蓋に流れるのは、なぜかモーツァルトのレクイエムなのでした。

モーツァルトは好きではありません。むしろ嫌いです。「喰わず嫌い」と言えばそれまでですが、どうにもあの長調を、私の生理が受け付けてくれません。

しかし、このレクイエムだけは違うのです。

はじめての下宿は四畳半一間でした。コンクリートとアスファルトの街中で、大家さんの敷地だけが鬱蒼とした木々に覆われていました。琵琶の木やイチジク、藤の木などもあったでしょうか。

その庭の一隅に、都合3棟、木造平屋の下宿間がありました。窓枠も木製ならば、鍵も南京錠をかけるだけです。申し訳程度の屋根のついた共用便所と炊事場は戸外にありました。風呂は当然、銭湯通い。昭和の終わりのことです。

当時、テレビは持っていませんでした。石原裕次郎の訃報を知ったのは、進学祝いにもらったラジカセからでした。その頃、梅雨の長雨に学校をサボり続けていた私は、昼夜逆転に暮らしていました。

目が覚めたとき、それが朝なのか夕方なのか判らないほどでした。開け放した窓の外では、しとしとと雨が降り続いていて、庭の緑を鮮やかに照らしています。風は濡れていましたが、不快ではありませんでした。

時間が知りたくてスイッチを入れたFM、そこから流れてきたのが、カラヤン指揮のレクイエムでした。映画『アマデウス』で知っていたので、すぐにモーツァルトのレクイエムだと判ったのでした。

気がつけば、毎年この季節になると、必ずいちどはRequiemを聴いています。今年はこの記事を書きながら…..。

2006Dks044-1

Comments:6

いしずみ 07-06-20 (Wed) 22:44

私と似た方がいらっしゃるんですねぇ。
わたしもモーツァルトが苦手です。
というか,嫌いです。
FMから流れてくる聞いたことのないクラシック曲に,「あぁ,嫌だなぁ」と思うとかなりの確率でモーツァルトの作曲だったりします。
そんなわけで,手持ちのLPもCDもモーツァルトは殆どありません。
と言うか,唯一持っているLPが「レクイエム」(^^ゞ。
これだけは私も聞きます。
不思議な趣向の一致に,思わず書き込んでしまいました(^^ゞ。

mb 07-06-22 (Fri) 22:16

いしずみさん、こんばんは。いつもコメント、ありがとうございます。
本当に、まったく同じですね。なんだかとても心強くなります(笑)。
それにしても、私が何故、モーツァルトの長調に拒否反応を生じてしまうのか、そのカラクリを知りたくなります。
思い当たるトラウマは、義理で出席した同僚の結婚式でのこと。披露宴終盤のアトラクションで、彼の合唱仲間がわらわらと登場し、なにやらモーツァルトの歌曲を歌い出しました。満面の笑みをこちらに向けて指揮を執った彼の姿が、モーツァルトを耳にするたび、脳裏に浮かんで離れなくなるのです。度を超えた彼のサービス精神に、うちひしがれてしまったのでした。

いしずみ 07-06-22 (Fri) 22:52

あっ,やっぱり長調が苦手ですか。
私もです。
どうも,一般人を小馬鹿にしている天才の笑顔が浮かんできてしまう(^^ゞ。
いや,それくらいモーツァルトの音楽って隙が無くって完璧に聞こえてしまうんですよね。
スケールの一つ一つに「ほらほら,この流れで君はこう感じているだろう?」っと笑顔で迫られてしまい,まさしくそう言った感情を得てしまう自分が分かってしまうというか・・・。

レクイエムに関してだけは不完全であるが故の歪んだ美しさを感じております。
そこが,あの曲を唯一所有しようと考えた理由でしたから。

mb 07-06-25 (Mon) 21:04

脳裏に浮かぶ音を、何十分という塊で捕捉し、さらにいちど聞いただけの和声を瞬時に譜面に起こしたと言うことですから、やはり天才なのでしょうね。
たぶんにエセ科学的ですが、DNAの塩基配列を五線紙に置き換えると、モーツアルトの音楽になるんだとか…..(笑)。そこに「感動」よりも「苛立ち」を覚えるのは、人間ができていない証拠でしょうか(苦笑)。
レクイエムの不完全…..私もそうかもしれません。

ところでいしずみさん、ベートーベンの第九もお嫌いですよね?

いしずみ 07-06-27 (Wed) 22:13

ベートーベンの第九ですか。
これは意外に好きだったりします。
ただ,いわゆるカラヤン指揮のものに惹かれることはなく,フルトベングラー指揮のライブ盤擬似ステレオバージョンがお気に入りです。
最終楽章の本当に一番最後の部分なんかは指揮者が興奮してしまったのか,完全にリズムがバラバラの状況です。
あっ,やっぱりちょっと不完全なのが好きなのかも(^^ゞ。

mb 07-06-27 (Wed) 22:54

いや、こんなふうに、全ての対象に共感しないところが、一筋縄では行かない人間の魅力かと(滝汗)。
決して言い訳ではないのですが、「年末恒例」でさえなければ、「市民参加の大合唱」でなければ、そして「歓喜の歌」だけがクローズアップされていなければ、私だって好きになっていたかも…..。
つまり、第九に罪は無く、それをとりまく日本社会的な感情が苦手なようなのです(汗々)。

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