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匙加減。

2006Dks041

いまさらですが、各所で話題のQuickSilverを試用中です(照)。「高機能なランチャーソフト」という謳い文句のようです。正直なところ、最初はなんのことやら見当もつきませんでした。もちろん、いまでも(恥)。

しかしそこは、例によって長いものに巻かれたい私。こんな記事を見つけたりして、コソコソと試用中です。きっかけは、Dockに登録したアプリが増えすぎたためでした。

いまのところ、マウスを使わずにアプリを起動してみせるくらいが関の山ですが、たぶん、もっともっと便利な使い方ができるのでしょうね…..。

かつて、未だMS-DOSの時代…..。つまり、「マウス」というものがMacintoshのものでしかなかった時代がありました。その頃、私は表計算のLotus1-2-3、そしてエディタのMIFESと、日々、にらめっこしていました。

ショートカットという自覚無く、一連の作業工程を、指が憶えてくれました。マウスが無いのですから当たり前ですよね。

それがWindowsになって以降、途端に堕落してしまいました(苦笑)。新たにショートカットを憶える努力をすることもなく、時折、汚れて動きの悪くなったマウスに悪態をつきながら……。そうなんです。当時は結局、マウスを使っている方が、いろいろと動きを制約されて、動作が鈍ってしまったのでした。

いささかコジツケめいていますが、MFの機械式カメラとAF/デジカメの違いを思わずにはいられません。

機械式カメラは、それ自体、ほとんどカスタマイズの余地をもっていませんが、そのぶん使い手の身体性を解発する点で、実は使い手の生理に馴染む仕掛けになっているような気がします。

いっぽう、自動化の進んだカメラは、一見、多様な選択肢があるように見えますが、特定の設定を選んだ時点で選択の余地は失われ、逆に「機械の生理」に絡め取られてしまいます。つまり、匙加減が許されない。

オーディオのボリューム調節と似たような感覚、とでも言えば良いでしょうか。音量を”5”と”6”の間に合わせたいのに、デジタルはそれを許さない。そんなことに苛立ちを感じたことは無いでしょうか?

不自由さが担保する自由。なんだか、安部公房の小説みたいですね。

QuickSilver、もしかすると、そんな生理を恢復させるツールかもしれません。

2006Dks054

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