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続 続 注意の力点。

  • March 15th, 2007 (Thu) 20:52
  • 家族

Dks002

昨夜、カミさんに抗議されました。曰く、「最近は、お前の言うとおり、靴下のゴムの方を摘んで干すように改めている。洗濯ばさみ一コにつき片方だけを干しているのは、お前の靴下が厚手で乾きにくいからだ」とのことです(苦笑)。

靴下は、もっぱら無印良品で売っている3足セットの綿のものです。これが安くて履き心地が良いのです。

ま、そんなことはともかく。今日はマーガリンの塗り方についてです。

子どもの頃、父方の祖父母の家に帰省すると、いつも異和感を覚えていたことがあります。それは「マーガリンの塗り方」でした。どんなものかというと、「いつまでもパラフィン紙がある」そして「垂直に減って行く」のです。

「垂直に減る」とは、容器の長辺の片方の端から、徐々に垂直に減って行くという意味です。パラフィン紙は、常にその断面を覆うことになり、乾燥を防ぐことができるのでした。

いっぽう、私の実家では、イの一番にパラフィン紙が無くなります。最初に捨ててしまうのです。そして、芸術的といっても良いくらい、水平に減って行きます。仮に水準器を置いてみれば、間違いなく、気泡は常にセンターにあるでしょう。

よくよく観察してみると、我が家の人間は、ただひとりの例外もなく、「水平に減る」タイプの塗り方なのでした。

この習慣がどこから来たものか、残るルーツは母方の実家しかありません。案の定、水平に減るパターンでした。しかし、パラフィン紙はしっかりと残しています。ですから、パラフィン紙を捨てる習慣だけは、我が家に新らしく出来上がったもののようです。

さて、「カミさんのマーガリンの塗り方」です。そのことを詳細に記述すると再び叱られてしまいますから、敢えて書きません。ただ「水平」でも「垂直」でもないことだけは確かです。あとは皆様のご想像にお任せします。付言すれば、私には大いに異和感のある塗り方だったのです。

問題は、うちの息子に私とカミさんのどちらの塗り方を躾けるか、ということです。この点について、私はとても不利な状況にあります。なにしろ、息子を抱えている時間は、圧倒的に敵の方が長いのですから。

こんな事例を挙げて行けば、本当に枚挙にいとまがありません。汚い話しで恐縮ですが、たとえば便器の蓋などはその好例でしょう。一緒に暮らし始めた当初、「なぜ、いつも蓋が閉まっているのだ?」と私は憤り、カミさんはカミさんで「なぜ、いつも蓋が開いているのだろう?」と不審に思っていたそうです。

あるとき…….、いま思えば、こんな春先の受験の季節でした。出張で同僚と上京した折のことです。シングル2部屋が予約できず、やむなくツインに同宿したことがあります。その同僚は奥様と2人の娘さんとの4人暮らし。

どう考えても、小用を足す時間しか経過していません。しかし、その後に入った私は、その便座が常に降りていることに気が付いたのでした。不審に思って訊ねてみると、「家中の人間から、そのように躾けられたのだ」ということでした。

そうして、女所帯に男ひとりの切なさの、聞くも涙、語るも涙の物語を聞くハメになったのでした。もちろん、その大半に「のろけ」が含まれていたことは言うまでもありません(笑)。

(つづく。たぶん、明日で終わりです。)

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