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ふみふみ。

  • January 9th, 2007 (Tue) 22:21
  • 家族

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決して特異体質ではないつもりですが、私はひとさし指、中指、くすり指の3本をくっつけたまま、親指と小指を外側に開くことができます。また、第一関節を軸にして、私の親指は約90度、そっくり返ります。机に押し付けたりする必要はなく、素のままで外側に直角になるのです(書きながら「なにか違うな?」と思っていたら、正しくは「ひとさし指、中指、くすり指の3本をくっつけてピンと伸ばしたまま、親指と小指を折り曲げることができる」でした)。

前者は生まれつきのものだと思いますが、後者……つまり、直角にそっくり返る親指は、幼い頃からの訓練のたまものだと勝手に解釈しています。その訓練とは、指圧でした。

尋常ならざるカメラマニアであるところの我が父は、若い頃から慢性的な肩凝りに悩まされていました。むろん、子どもの私にとって、肩凝りのなんたるかなど、知る由もありません。しかし、物心ついた頃には、既に父の背中を踏んでいたように思います。

後年、「こいつは親を踏みつけて大きくなった」とホザくのが父の常ですが、そうして踏ませた者は、ほかならぬ父自身でした。単なる自慢話にしかなりませんが、子どもの私は、父に対して極めて優秀な指圧師だったのです。

たとえば、一口に「背中を踏む」と言っても、単に背中の上を歩けば良いものではありません。肩胛骨のくぼみや背骨の両サイドに沿ってピンポイントに圧力をかけようとすると、モノをつかむように右足の5本の指をキュッと縮め、その爪先に全体重をかけなければならないのです。

当然、姿勢は不安定になりますが、支える左足とツボを刺激する右足とに、交互にゆっくりと体重をかけ、すこしずつ移動するのです。いちばん厄介だったのは首根っこを踏みつけるときでした。

成長とともに体重が増えてくると、当然の如く、両足で背中に乗るわけには行かなくなります。指圧をはじめたのは小学生の中学年あたりからだったでしょうか。さすがに毎晩ではありませんでしたが、それでも、かなりの頻度で、1回につき、たっぷり1時間近くをかけて、ほぼ全身のマッサージをしていました。

帰省すると、未だに指圧をすることがあります。いつの頃からか忘れましたが、父に頼まれずとも「指圧をしたろうか?」と声をかけるようになっていました。「指圧をする者が汗をかくくらいまでやってくれると、ようやくこちらにも効き始める」という父の言葉を、子どもの私は、なんだかとても嬉しい心持ちで聞いていました。

喜んでもらえることが嬉しかったことはもちろんですが、決してそれだけの理由ではありません。指圧している最中の私自身が、なにより無心になれることも快感だったと思います。

実は最近、私も自分自身が肩凝りであるらしきことが判りました。貧相な体型ですから、そもそも凝る筋肉など無いと思っていたのですが、たまさかカミさんに揉んでもらうと、これがたいそう心地良く、ここに至ってようやく、肩凝りの自覚が芽生えたのでした。

で。

最近、就寝前の子どもに「ふみふみ」してもらうことを始めました。ありがたいことに、子どもは飽きもせず、こちらの言うとおり、嬉々として動いてくれています。決して跳んだり跳ねたりしません。「もう飽きた」と逃げ出すこともありません。それどころか、「ふみふみ」を楽しみに待ち構えているようなのです。

父と同じ轍を踏むことになりますが、このまま、私専属の極めて優秀なマッサージ師に育てるつもりなのでした。

Tyo2005Sep014

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