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You (stand alone).

  • December 18th, 2006 (Mon) 20:18
  • 思惟

2006Sdi015ー1

毎年恒例となっているTIME誌の”Person of the Year”。例年、特定の人物が選ばれるのですが、今年は”You.”、つまり「あなただ」ということです(詳細はこちらとかこちら)。

実際に、今回のTIMEの表紙は、パソコンを模したデザインとなっています。そしてそのモニターに、この雑誌を手に取った読者の顔が映る仕掛けになっているようです。

選定理由を述べた記事を読むと、本格的にWeb2.0の時代を迎えるなかにあって、「社会に対する個人のありよう」を喚起する檄文のようにも見えます。

もちろん、私個人は、テクノロジーへの過剰な期待は、百害あって一利無しと思っています。また、人間性の変質に対して、テクノロジーが多大な影響を及ぼすことを、決して過小評価するつもりもありません。

必要なことは、市民性や人間性を育むプロセスの中に、どのような価値を「より良きもの」として投入するのか、その価値に嘘は無いのか、仮に嘘があったとして、それでは何を「より良きもの」として位置付ければ良いか…..そうしたことに関わる想像力を持つことでしょうか。

ですから、ことさら「Web2.0の時代だから」と言って、そこに必要以上の意味を付与する気にはなれないのです。なにより、ほんの数箇所の中継地点を叩くだけで、あっという間に迂回路を失い、たちまち繋がらなくなってしまうほど脆弱なネットワークです。

むしろ、パソコンに向き合う以前の個人に対して、どのような市民性なり人間性を育む機会を、私たちが提供し得ているか、また、自ら接するように努めているのか、こちらの方がよほど大切かも知れません。

もちろん、ブログという仕組みには、一定の価値を認めていますし、その恩恵にあやかっていることも事実です。しかし、管理人である私がこのブログに対して常に抱える懸念は、実態として、ここが(私自身も含めて)カラオケボックス的な集いになっているかも知れないということです。

あなたたちが社会を変えるのだ!」というスローガンは、その語り部が誰であれ、その根拠が薄弱であればあるほど、個人に対しては心地良い錯覚を演出し、いっぽう権力に対しては、その暴力の免罪符をせっせと与えることになってしまいます。

もちろん、個人から社会へと向かうベクトルを強靱にすることは大切ですが、その方向性が「他人の褌」である限り、そこに在るのは寄る辺を欲して右往左往している群衆であり、実態は単なる「キャンペーン」に過ぎません。むしろ「私たちはどのように社会を変えてしまったのか?」という問いを、個の孤立を恐れずに鍛えることが必要かも知れません。

2006Sdi024-1

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