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不必要なもの。

  • December 1st, 2006 (Fri) 20:50
  • 家族

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昨夜、風呂上がりで一息ついているところへ、不意にカミさんが「今年のクリスマス・プレゼントは何が良い?」と訊ねてきました。無防備だった私は、完全に虚を突かれた格好になりました。

「欲しいもの」を訊かれても即答できない場合、その理由は大きく2つに分かれます。ひとつは、欲しいものが無くて答えられない場合。もうひとつは、収拾がつかないほど欲しいものが頭の中に渦巻いて、にわかに絞り込めない場合です。

そのとき、どちらの理由によって即答できなかったのか、実は自分でも良く判っていません。私にできたのは、無言のまま眼を細め、満面の笑みをたたえてカミさんの方を振り向いたことくらいでした。

するとカミさんは、「「必要なもの。」だからね。」と、私に負けず劣らず満面の笑みをたたえて答えました(下線部筆者)。

「その「必要なもの」という言葉のあたまに、”ふ”の一文字を加える気はありませんか?」と、私も負けずに満面の笑みをたたえて食い下がりました。返す刀で、カミさんはもういちど、「必要なもの♪」と繰り返しました。そうして幾度か、ふたりで満面の笑みの応酬を繰り広げたのでした。

(おこがましい言い方で恐縮ですが、読者の皆様には、上記の会話に隠された、麗しき夫婦のコミュニケーションの内実を捕まえていただきたいのです。)

結婚後、1年を経た頃でしょうか。休暇でカミさんの実家に泊まった折のことです。折しも義母の誕生日でした。勤めから帰った義父は、鞄の中から書店の包みを取り出して、「これ、誕生日のプレゼント。」と言って差し出したのでした。中身は家庭菜園の本でした。

およそ私の実家ではありえないその光景は、私にとって新鮮な驚きでした。私の両親に、そのような習慣はありません。よしんば有ったにせよ、「プレゼント→非日常→一生の記念→高価なモノ」という連鎖が、その実現可能性はともかく、お互いの期待値として成立していました。

ことほど左様に「記念日」とは重たいモノで、自ずと5年にいちど、有るか無いか(むろん、無い方が多い)のイベントになっていたのでした。そのような生活経験しかない私にとって、義父母のコミュニケーションはとても新鮮に思えたのでした。

それ以来、私も考え方を改めました。決して高価である必要はなく、その折々に相手にとって必要なものを、ささやかに贈ること。それで良い。否、それが良いのだ、と。

そうして改心したはずの私にとって、いま「必要なもの」は何か? それはそれで、非常に難しい選択なのでした。

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Comments:3

complex_cat 06-12-02 (Sat) 12:53

家族の記録をとどめるためのカメラは,私用とワイフ用の2台あればいいのですし,仕事で使えないようなクラカメ,クラレンズはなんの意味があるのでしょうということになっては大変なので,頼まれた文化財関係の報告書別添の写真集を,意地で,Retina IIISとCurtagonだけで撮ったりしました。ほとんどのものは,死んだ先に持って行けるわけではなしとか考えたら,最低限の衣食住,生活必需品以外には無さそうです。

しかし,奥様のご一家,素敵な方たちですね。物欲まみれの私には無理ですが,同じような感覚をワイフも持っているので,「欲しいものは,いつもない」そうです。 EUや大陸の友人達は,似たような生活センスを持っています。
 地方都市暮らしが長いので,街に出たって知れてます。圧倒的にものが溢れた首都圏などに行くと,これだけのものを,本当に人々が必要としているのかと,ちょっと不思議になったりします。

sus 06-12-03 (Sun) 0:23

ご存知のようにわたしは20年来溜めてきた数百枚のCDを一気にiTunes化して処分したヤツですから(汗笑)作業中は自問自答しながらの作業でした。終えた頃には、これはひとつの例だけれど生活していくなかで結局のところ「必要なもの」って、絞っていくとそんなに多くは無いなのだなと。
デジイチは必要なものでは無いけれど28mm画角は必要なもの、という。何のこっちゃ(^^;

marmotbaby 06-12-04 (Mon) 20:16

>C_Cさん
いつもコメントいただき、ありがとうございます。
以前、記事にしたこともあるのですが、外国に1年滞在したことは、生活するうえで必要な最小限の物財を自覚する良い経験になりました。あれ以来、少しでもモノが増えそうになると、せっせとリサイクルに回したり、廃棄したり、そもそもモノを増やさないようにするようになりました。そのくせ、カメラだけは確実に増えていて……。業の深さとでも言えば良いでしょうか。
「欲しいものは、いつも無い」。良い言葉ですね。飽きることって、もしかすると、とても大切なことかもしれません。

>susさん
いちど手にしたモノを、自ら率先して捨てることは勇気の要ることですよね。人生の残り時間を計算したとき、どう考えても読み切れない量の書物、聴き切れないCD、観切れない録画済みビデオテープの山を前にすれば、目の前から消してしまうのが最良の選択のはずです。で、あるにもかかわらず、押し入れや書棚の肥やしになっている物財たち……。
あるとき、私も多くの本や雑誌を一気呵成に処分したことがありました。そのときは、どことなく肌寒い心地がしましたが、慣れてみると、その軽やかさが嬉しくなりました。ただ、カメラに関しては、いまのところ、ちょっと…..。

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