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接点。

2006Daisen0111

今月号の『アサヒカメラ』、巻頭は東松照明さんの撮り下ろしでした。226ー231頁には、批評家の上野昂志さんとの対談記事もあります。割かれた紙数、通常よりも小さな活字。とても読み応えのある記事でした。

「いわゆる平和憲法は、沖縄の基地化によって成立した」と、聞き手の上野さんが語るくだりがあります。その語りを引き出した者は、他ならぬ東松さんです。

この対談記事、東松さんは、決して、自作を解説しているわけではありません。東松さんの凝視する沖縄を、写真にすれば、巻頭の頁となり、言葉を紡げば、この対談記事になる。その関係は、ちょうど織布の縦糸と横糸のようなものです。

森山さんを知れば、自ずと東松さんを知ることになります。これまでも、折に触れ、東松さんの写真を見、東松さんについて書かれたものを読む機会はありました。しかし、私は、森山さんを知るために、東松さんを眺めていたに過ぎません。

そろそろ、立ち位置を変えなければ……と思うようになりました。森山さんを知ろうとして、東松さんを知ろうとすることは、間違いではありません。しかし、東松さんを知ろうとすることは、沖縄を知り、長崎を知り、戦後を知ろうとする行為です。

カミさんと一緒になって以来、再来年で10年が経ちます。その間、たびたび訪れていた沖縄は(カミさんは沖縄の人です)、本州しか知らない私の眼から見ても、すさまじいほどの「日本的郊外化」を進めています。是非はともかく、その加速度的なスピードには、ただ、ただ、驚くばかりです。

「これは沖縄ではない」という生身の声が、時の流れとともに否応なく失われてしまうのなら、手つかずのままに残っているモノの「生々しさ」に、正対する勇気も必要かも知れません。

“INTERFACE”という、東松さんのホームページをご存知でしょうか?(アドレスはこちら) その中に入って、「東松照明論・作品紹介」というリンクをクリックします。名だたる批評家のなかに、安部公房の名を見付けることができます。

「新人 東松照明」というタイトルのエッセイです(リンクはこちら)。Amazonで「東松照明」と検索すると、安部公房全集の第12巻がピックアップされることを、かねてから訝っていました。予想外の接点を知ることとなり、とても嬉しくなりました。

上記のリンクでは、一部を抜粋してありますから、できれば全集の本体をご覧になることをお勧めします。写真とカメラの本質を、透徹した文体が貫いています。その切れ味の鋭さに、昂奮と羨望の感情を、抑えることができません。

東松さんのことを書いた散文でありながら、その後の森山さんの苦悩と今日を、思い出さずにはいられなかったのでした。

2006Daisen0221

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