Home > 光画 > 節操。

節操。

Tamayu018

栄枯盛衰は世の常です。その流れに棹させば、「守旧派」のレッテルは免れません。利便性を追求する技術革新も、また然り。要らざる手間暇に耽溺すれば、「道楽者」「趣味人」という、実は「罵倒」に近い言葉を浴びせられるかも知れません。

今月号の『アサヒカメラ』の特集は「モノクロが危ない!!」というものでした。森山さんの対談記事も載っています。だから購入したようなものですが、読めば読むほど、事態の深刻さに慄然とします。

インフラが断ち切られることの恐さに匹敵するものがあります。10年以上も前でしょうか。台風19号の影響で物流がストップしてしまい、近くのコンビニが、あっという間に空っぽになったことがあります。普段は気にも留めない商品まで無くなっていたことの、一目瞭然のその結果に、私たちの暮らしが、いかに脆弱かを思い知らされたのでした。

銀塩写真にとって、なにより大切なものが、カメラでもレンズでも無く、感材や薬品であったとは…..まるで、酸素の薄い高原に居るようです。

この感覚は一過性のものなのでしょうか。「硝子乾板がフィルムに置き換わったときはどうだったのだろう…..?」などと、唐突に思ってしまいました。おそらく、なにがしかの抵抗があったとは思うのですが、フィルムの手軽さと利便性を、大衆は歓迎したことでしょう。

しかも、その「技術革新」が、大衆の啓発によって裾野を広げ、文化の質的向上をもたらしていたのなら、それは諸手を挙げて歓迎すべき事態だったことでしょう。

しかし、今日のそれは……。技術革新とそれに伴う大衆化が、決して質の向上を促さず、むしろ「悪貨が良貨を駆逐する」とも言える事態に陥った、そのターニングポイントはどこにあったのか…….。

資本主義と消費社会、その成熟とともに現れるポピュリズム……「自由自在」を手にしたつもりで、実は巧妙に管理されている私たち……。単にLPがCDにとって代わられたのとは、質的に異なるものを感じます。それがなんなのか、まるで見当がつきませんが、写真に限らず、様々な分野で、不穏な向きに舵を切っているような気がします。

銀塩モノクロに心ある人は、他国へ逃れるしかないのでしょうか。同じ雑誌の広告記事がPX-5500を特集していることは、なんとも皮肉なことですね。あるいは「節操がない」とも。

Tamayu020

Comments:0

Comment Form
Remember personal info

Trackbacks:0

Trackback URL for this entry
http://memoranda.egoism.jp/blog/2006/09/%e7%af%80%e6%93%8d%e3%80%82.html/trackback
Listed below are links to weblogs that reference
節操。 from memoranda

Home > 光画 > 節操。

Spider
Recent Entries
Recent Comments
Archives
Categories
Now Playing
flickr Photostream
DSCF7851DSCF7849DSCF7848DSCF7846DSCF7844DSCF7840DSCF7839DSCF7853DSCF7833
TagClouds
Search
Feeds
Meta
Counter

Return to page top